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デリカテッセン(感想)_人類の衰退した奇妙な世界のラブストーリー

『デリカテッセン』は、1991年公開のフランス映画で監督はジャン=ピエール・ジュネとマルク・キャロ。衰退した人間社会の様子を描いたダーク・コメディだが、ユーモアの要素が多いため印象としてそんなに暗くはない。
ジャン=ピエール・ジュネは『アメリ』の監督でもあり、部屋に置いてある小物やヒロインのジュリー(Marie-Laure Dougnac)の服装が小洒落ていたりするのは近い雰囲気がある。
以下、ネタバレを含む感想などを。

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ターゲットを新聞広告で呼び込む

核戦争集結から15年後、穀物が通貨の代替えとなり、生き残った人々が食料を求めて争い、TV映像が白黒になっていたりと文明の衰退した世界。
パリ郊外のアパルトマンの1階には精肉店があって、男がゴミに紛れてアパルトマンから逃げ出そうと目論むも、満面の笑みを見せる肉屋の主人クラペットに見つかる。
その直後にアパルトマンの住人が肉を買い求めに来る様子から、この店で売られる肉は先刻逃走に失敗した男の肉で、肉屋の主人の所業はアパルトマンの住人に周知だったことがわかる。

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やがてアパルトマンには新聞の求人広告をみた小柄な男、ルイゾンが仕事を求めてやって来るのだが、クラペットが体重や骨組みを気にしながら、次の品物にふさわしいか品定めしている。

クラペットは新聞へ求人広告を出してアパルトマンへ誘い込み、頃合いをみて人肉として住人へ売り捌いているわけだが、住人たちも他に食うものが無いせいか人肉を買い求めに来ている。
本来、落ち着けるはずの自宅が一番危うい空間だったという、恐ろしいアパルトマンだが、物語はルイゾンとクラペットの娘ジュリーのロマンスをメインに展開するためグロテスクなシーンはほとんどない。

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罪を犯すのは状況のせいか

クラペットは人肉を売りさばくだけでなく、売ることで得た食料を溜め込んでいるがアパルトマンの住人たちは逆らうことが出来ない。むしろ食うに困って自らの足や義理の母ですら差し出して食らう始末で、閉鎖的なアパルトマンの空間はクラペットを頂点としたヒエラルキーが形成されている。
そうして、一時は人を騙して殺していることを後悔するクラペットだったが、愛人から「犠牲者たちから許されない」と一蹴され、やはりルイゾン殺しを試みる。
クラペット達が人肉を食すことになった原因が、世界的な食料難にあるとするならば考えさせられるところはあるが、自分だけ助かろうと蓄財しているのは別問題で、その罪からは逃れられないだろう。

生きるのに過酷な世界で、弱者から搾取し愛人まで囲っているクラペットに対して、質素な暮らしにも希望を見いだせるルイゾンは対称的な立場の人間として登場する。
郵送されてきた食料を奪われかけたジュリーは「皆、自分のことしか考えない」と漏らすが、ルイゾンは「根は良い人達で、何も無いから」と庇う。つまり、悪いのは人々ではなく世の中の方だと言っているのだ。
さらにルイゾンには、人々の心が荒んでいるのは「状況のせい」と言わせるている。
非人道的な罪を犯す原因が人々にではなく、人間らしい暮らしを提供できない政府の愚策(本作では核戦争)にあると受け取れ、社会風刺も含んでいるのかもしれない。

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奇妙な人々の登場する終末世界

二人の子どもを持つ男は使用済みコンドームを修繕し、カエルとカタツムリにまみれて暮らす男や、複雑な仕掛けを施した装置で自殺装置で自殺を試みるオロール夫人など、奇行の目立つ人が当たり前に登場することで奇妙な笑いを誘う。
また、視力の低いジュリーがお茶をあふれさせたり、ベッドを軋ませるリズムに合わせて、アパルトマンの住人たちがペンキを塗ったりチェロを弾いたりと、暗く重たいテーマをユーモアで笑い飛ばすシーンは、チャールズ・チャップリンの映画を思い起こさせる。

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生きるか死ぬかの世界では思考が過激化し、菜食主義者は地下に潜んだり、人肉食のタブーを犯したり暴力的になったりもする。それすら嫌ならカタツムリと共に暮らすような変人にならざるを得ない。
しかし、そんな過酷な世界であっても人々に性欲はあるし娯楽として音楽やテレビを求める、もちろん他者との関わりを感じられる愛も。
古い作品で恐らく低予算でつくられているため、映像的に見づらい部分もあるのだが、そういう現代と異なる価値観の支配する世界でのモラルと、人間の根源的な欲求が混沌としているのがなんとも言えない魅力を放っていて楽しめる作品となっている。


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サントラを作曲しているのはブエノスアイレス生まれのフランス人Carlos D'Alessioという人。
昔のサイレント映画を思わせる古い質感の楽曲や、どこか滑稽で奇妙な雰囲気の世界観がうまく表現されている曲が多い。
ルイゾンとジュリーが、チェロと鋸をバイオリンの弓で音を出す曲「Duo」が特にお気に入り。スライドするように音程が変化する曲が脱力して楽しげ。

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