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橋本治『帰って来た桃尻娘』

橋本治『帰って来た桃尻娘』、『桃尻娘』シリーズ第3部です。

第2部では、ゲイの源一が、好きな人と恋敵の間を取り持つようなことをしてボロボロに傷ついていきました。
第3部で、源一の恋敵である凉子からその話を聞いた玲奈はぶちギレて、なんてことするの、源ちゃんに謝りなさいよ!と言い放つところで、読者の溜飲はとりあえず下がります。
しかし、物語の核心はそこではありません。

源ちゃんがいないところで玲奈が源ちゃんの気持ちを代弁したって関係ないし、そんなの嘘だ。玲奈の言う通りに凉子が源ちゃんに謝ったって意味ない、それもわかってる。玲奈はただ、その場で凉子に負けたくなかっただけだってことも、全部わかってた。凉子がしなければならなかった中絶を羨ましいなんて絶対に思わないけど、中絶をするに至るような“何か”─凉子に「掻爬は女の勲章」と言わせるような“何か”─が凉子と他人との間に起こったこと、そして自分の身に“何も起こらなかった”ことに対する敗北感に玲奈は圧倒されていた。
いくら自分が「気持ち悪い」とか「バカだ」と思うような現実でも、そのなかを平気で泳いでる人間に、自分は勝てない。玲奈は、他人と関係が築けない自分に危機感を覚え始めます。

「私はこれだけ言って、『ああ、嘘だ』って思った。こんなこと、全然嘘だって。滝上くんも源ちゃんも、そんなことなんでもないんだわって、そう思った。あたしはただ、醒井凉子に負けただけなんだ。負けただけだからくやしくって、だからそれで怒鳴ってるだけなんだって、その時、分ってた。ああッ、それが悔しいッ!!」

橋本治『帰って来た桃尻娘』

一年の浪人生活を経て大学に進学した玲奈は、誰とも関係を築くことができない孤独感に溺れそうになります。他人は「バカだ」と高をくくり、自分に何も起きないでいる間に、他人は自分を無視して誰かと手を繋いでいる。その現実に直面します。

「無視されて、無視した人間がつまんない人間だったらかまわないけど、無視されて、自分がつまんない人間かもしれないと思わされるのはつらい。」

橋本治『帰って来た桃尻娘』

第3部は、玲奈が現実のなかで格闘しながら他人と関係を築き始めるまでの話。

若い玲奈は見事に矛盾に満ちています。

「『今はやなの』って、言ってもいいと思う。だって、今はやなんだもん。今はいやで、もう少ししたらOKよ。『そう言ったっていいんだもん』て、あたしは思った。あたしは、いつだって順序を間違える。間違えてばっかりいるくせに、いつだって、順序を間違えてることには気がつかない。
なんだってあたしは、好きでもない男と寝ちゃったんだろう?」

橋本治『帰って来た桃尻娘』

それはあなたが高校生のときにこう思ってたからでしょう?

「無意味にかっこつけて、『だめよ』って言いながらチョッとずつ許してくのよネ、チョッとずつ確実に」「でも、やりたくなると絶対に“愛”を持ち出してきたりして。」「あたしはキスよりセックスの方がイイ」「セックスってもっと滅茶苦茶な気がする。田口祐子みたいにキチンと階段を昇ってくなんてあたしはイヤ。階段は毎日昇り降りする団地の階段だけで沢山よ。」

橋本治『桃尻娘』

でも、この矛盾を、橋本治はおそらくあえて使ってる。生きることには矛盾がつきもので、それに気がつけないのが若いときなんだし、それを許していくことが大人になることなんだって、私は思う。いろんな他人と付き合っていくには、全てに整合性なんて取れない。それでいいんだ、って....


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