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知性を取り戻せ─『負けない力』橋本治

知性は、「頭がいい」とも「勉強ができる」とも違います。
知性とは「負けない力」、それを具体的にイメージしてみましょう。

立って両手を伸ばしても縁に手が届かない穴の中に落ちている自分を想像します。
「どうすればいいかな?」と自分で考えるのが負けない力=知性です。「答えは自分の中にある、だから自分で答えを引き出さなければならない」と思うのが知性。

「では『知性がない』というのはどういう状態でしょう?『どうしよう?だめだ』と思ってぼんやりしたり、一人で穴の底で泣き喚いているのは、『知性がない』という状態ですね。(中略)
穴の底に落ちてどうしたらいいか分からなくなります。そこにもう一人の人間がいたりすると、『なんとかしてくれ!』と八つ当たりしたり、人がいるのをいいことにして泣き喚くだけになる人だっていないわけじゃありません。『二人で協力すれば出られる。かつぎ上げるから、先にここから出て助けを呼びに行ってくれ』と言われても、『そんなの出来ない。だったらあんたが先に出て助けを呼びに行けばいい』なんて言うのも、知性のない人間のやることです。『かつぎ上げられても出られない』と言う人は、『あんたをかつぎ上げるのなんかいやだ』と言う人でもあります。
知性がない─自分の中にあるはずの『負けない力』を発揮させようとはしない人、あるいは自分の中に『負けない力』があると思ってない人は意外と当たり前にいたりしますが、その中で一番ひどいのは、穴の中に『この穴から脱出する方法』を書いたものがないかと探す人ですね。(中略)
『便利な機器を使いこなせるのも、自分の頭で考えることだ』と言ったって、それがそばになかったり、使えなかったりした場合はどうするんでしょうか?
『自分の頭で考えない』ことに関する答はもう一つあります。『私はそんな状況に陥らない』と断言することですね。『そもそも“負けそうな状況”に近づかなければ、そんなことを考える必要はない』ということですが、でも私は『“もし”穴に落ちたら?』と言っているのです。それに対する答が『私は穴に落ちない』だったら、その人は『自分が穴に落ちることもありうる』ということを想像出来ない、イマジネーションに欠ける人になります。たぶん、就職試験には落ちるんじゃないかと思います。」

『負けない力』橋本治

「知性というのは、『なんの役にも立たない』と思われているものの中から、『自分にとって必要なもの』を探し当てる能力

『負けない力』橋本治

であると書いてあります。

ここで見逃してはいけないのが「思われている」で、誰がその判断をしているのか、逆に「役に立つ」と思われているのが何なのかについて、この本の大半は語られます。これは「知性というものが崩れて力を失って行くそのプロセス」である、と文庫版あとがきで書かれています。

知性は、成績のように数値化できたり、教養のように範囲が決まっていて評価できるわけではありません。試験のように出題範囲があるものでもなく、コンピュータのように答えを見つけることよりも、問題を発見することのほうに知性は表れます。そのうえ、モラルやマナーというものまで含んだ複雑なものでもあります。
知性について重要なことは、知性のある人は「私には知性がある」などとは言わず、知性があるかどうかは他人が決めることで、自分の決めることではないことです。

「自分に知性があるのかどうかは分からないが、でも、他人に知性があるのかどうかはわかる─それが知性の第一の機能で、もしかしたら、機能はそれだけかもしれません。(中略)知性というのは、『あるか、ないか』のオール・オア・ナッシングです。だから、『あの人は私“より知性がある”』とか、『私はあの人“より”知性がある』ということはありえません。『あの人の中には知性がある』と思った途端、そう思うあなたの中には知性がないのです。」

『負けない力』橋本治

あの人にあるのは“そういう”知性で、それは私にはない、そのような関係性の中にあるのが知性です。
知性にいろいろな種類があるのはなぜかといえば、知性をもって解くべき問題が人それぞれだからですね。はじめの穴の例を使えば、落ちてしまっている穴は人それぞれ違うということだ、と私は理解しました。

そもそも人間が考える能力があるのは何のためでしょうか?知能や知性は人間にとって何のためにあるのでしょうか?

「人類の知能は、不安によって生まれました─私はそう思います。だから、うっかり考えてしまうと、人は悲観的な方向に進むのです。(中略)『ものを考える』ということは、『悲観的であるような方向に落ちて行きながら、最後の最後に方向を“楽観的”の方向にグイッと変えるのが必要だ』ということです。『このままじゃやばいぞ、なんとかしなくちゃ』という転換がなければ、『ものを考える』ということにはならないのです。」

『負けない力』橋本治

考えるのは、一人ですること。でもそうすると「自分対全世界」という考え方になって、行き詰まる。知性とは、「人と話し合うことが出来る」ことでもあり、

「『それは一人一人の人間の集まりだ』と思った時、あなたの周りにあるかもしれない『壁』は、違うものへとほぐれ始めていくはずです。」

『負けない力』橋本治


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