コロナは牙を剥き 私は怒る
いつからだったか、職場のUSENから毎日『紅蓮華』が流れるようになったのは。
流行りに疎い私でも、毎日聴いていると頭に残るようになってくる。
イントロが流れるたびに「あーまたこれね」と思いながら、LiSAの強い力強い歌声と、運命に立ち向かって戦っていくような歌詞が耳に残って、単純にカッコいい歌だなと思っていた。
この曲が流れると、同僚が「『鬼滅の刃』観た?」というような話をはじめるので、なるほどアニメの主題歌なのかと合点がいった。
周りの評判がいいからといって、話題のアニメやドラマを観るタイプではない。なんならアニメ自体も今まであまり観たことがなかった。
キャラがいい。映像も綺麗。とにかく面白いから一度観ろ。
周囲の人たちが一様にそう話しているので、気になっていた。
あの頃は、まだマスクなんてつけなくてよかった。
*
緊急事態宣言が出て、仕事ができなくなった。
私が働いていたのは飲食店なので、お店が開けられない。毎日朝まで営業していたあの店で、今『紅蓮華』が流れることはない。
毎日何をしたらいいのかわからなくて、あまりにも無気力な中で、ふいに『鬼滅の刃』を軽い気持ちで観てみた。
――ああ、これは面白いわ。
家族が鬼に殺されて、唯一生き残った妹が鬼になってしまった。絶望に打ちひしがれる主人公に向かって、鬼を殺す立場である鬼殺隊の冨岡義勇は、「生殺与奪の権を他人に握らせるな!」と叱る。
弱者には選択肢はない、強者にねじ伏せられるのみと。
このシーンがそのときの私には衝撃的だった。主人公が土下座までして妹の命を救ってくれるようにお願いしたのに、冨岡はその意思を尊重しない。
助けてくれるものかと思っていた。
だって、炭治郎はまだ子供だ。子供がこんな絶望的な状況になってるのに、大人は容赦なく現実を突きつける。
もちろん義勇が発した言葉には、彼なりの強い思いがある。
妹を守るために覚悟を決めた炭治郎を見て、胸が苦しくなった。そして、それまでの平和だった日常から、一転して厳しい戦いの中に身を置くことになっていく炭治郎。
この物語で幾度となく描かれるのは、怒り。
鬼の多くは罪のない人間を容赦なく殺す。
肉親を殺された怒り。仲間を殺された怒り。
炭治郎たちは鬼と戦う中で、怒りの感情を募らせ、肉体的にも精神的にも強くなっていく。
*
私は他人に対して、そこまで強い怒りの感情を抱かない。怒りだけじゃない。私は喜怒哀楽に疎いのかもしれない。
鬼殺隊の一員のカナヲという少女は、全てのことをどうでもいいと思っている。
カナヲは過去のつらい経験から、自分の心に蓋をしているのだが、私自身はカナヲと違って、ただ単純に自分の心の声に鈍感なんだと思う。
仕事での悩みはあるけど、辞めたいほどつらいわけではない。
辞めたところで、やりたいことや夢もない。住む場所、食べるものにはそこまで困ってないし、自分で働いて稼いだお給料で生きていけるから幸せだ。
でも、簡単にあっけなく日常が崩れることを、知ってしまった。
今は世界で、新型コロナウイルスが蔓延している。日本も例外なく漂っている空気が重い。
私はどうしようもない現状の中、なぜかたまに怒りのような感情が湧き上がる。
職場は休業中のため、仕事を失う寸前だ。緊急事態宣言が解除されても、すぐにいつもの日常に戻れるようにはならない。それに何よりこの閉塞感に嫌気がさしている。
だから、私は文章を書くことにした。
今溢れ出てくる気持ちを書いて、残しておきたいと思った。
「鬼滅の刃」では、炭治郎たちが理不尽な鬼に対して怒り、戦っている姿に幾度となく励まされた。
私も自分の感情を吸い上げて、言葉で表現できるようになりたい。
自分の心の声をよく聞いて、伝えることができるように。いつかの、誰かの力になれるように。
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