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【街角の遠隔診療】第2回 ちょっといい加減が 好い加減

樫尾明彦(プライマリ・ケア医),宮内倫也(精神科医)

この連載について
今後広がりをみせそうな遠隔医療.しかし実際にやろうと思うと不安な点がたくさんあります.本連載ではプライマリ・ケア医と精神科医による対話から日常で遠隔診療を行うポイントを探っていきます.

前回(第1回)はこちら

事 例
80代男性.COVID-19流行が落ち着くまでと,通常は30日処方だった降圧薬を同じ量で60日分処方したら,気温が高くなってきてから自宅血圧が低くなってきて,このまま同じ量で飲んでいていいのか,電話で相談を受けた.

樫尾:高齢の慢性疾患の患者さんは,いままでは30日間隔か,もう少し短い間隔で経過をみていました.その間に体調を崩したり,同じ薬を同じ量で飲んでいても,受診と受診の間に状態が変わる可能性も若い患者さんよりも高いと考えています.ただ,COVID-19の流行で,受診間隔を延ばすことになってきたので,患者さんからもなるべく長めに薬を出してほしいと頼まれることも増えてきました.
 宮内先生の日常診療ではいかがでしょうか.

宮内:私は平穏無事でして.ただ,受診間隔が長くなるときは合間に検査だけでも来院してもらい,結果を電話でお知らせすることがあります.「あんまり出歩くのは……」と心配になる患者さんがいるかも知れませんが,検査だけにして来院時間も混雑する時間を外せば受け入れられる可能性は高くなると思います.ほかには,中毒症状や副作用などを紙に書いて伝え,セルフモニタリングを知ってもらうことも大事ですね.

樫尾:この患者さんは,4月のまだ肌寒いときに,COVID-19がこれからも流行するのではと心配され,いつもの倍の60日分降圧薬を出しました.すると5月の連休明け頃から気温が上がって,自宅血圧がだんだん下がってきて,以前よりもふらふらすることが増えてきたとのことでした.
 高齢者で60日処方の患者さんには30日後くらいに電話でのフォローを検討していましたが,今回はその前に患者さんから電話で相談されました.血圧は,暑い季節には下がって,寒い季節に上がるというのは知られていますが 1, 2) ,60日処方すると,季節をまたぐこともあり,夏はもっと下がる可能性もあります.

宮内:なるほど.そういうことを医療者が知っておいて,患者さんにお知らせしておくことがやはり大事ですね.

樫尾:夏は血圧上がらないから大丈夫そうと,自宅血圧をあまり測定しないという患者さんの話も聞きますが,夏はむしろ,降圧薬を飲んでいると血圧が下がりすぎていないか,自宅でも血圧測定しておくことが大事かと思います.

宮内:普段の診療からセルフモニタリングをしておくのは精神科ではコモンで,それによって治療に参画してもらう,治療主体は患者さん自身なのだと知ってもらう,というのが目標です.

樫尾:プライマリ・ケアでも,セルフモニタリングは血圧のほか血糖や体重,体温など自分で測定して記録している患者さんもいます.実は,新型コロナウイルスの予防目的で,毎日職員全員で体温測定をすることになりましたが,毎日忘れずに測定している職員もいる一方で,私はなかなか毎日は続けられず,毎日同じ時間に測るとか,アラームをつけるとかやってみましたが,がんばってもできるのは週に3日程度でした…….何か自覚症状があればおそらく体温測定もするかと思うのですが,自覚症状がないなかで,毎日体温を自分で測定するというのは私には至難の業で,セルフモニタリングをほぼ毎日,長期間続けている患者さんへの尊敬の念が一層強まった次第です…….

宮内:そうですね.ただ,セルフモニタリングも行き過ぎれば強迫になってしまうので「毎日続けるのはすごいことだけれども,その“すごい”はちょっと気を抜くのが不器用なことの裏返しかな」という推測にもつながります.強迫に親和性のある人は,COVID-19で“いろんな情報があり不安→解消するために体温を測定→不安は一瞬軽くなってもまた強くなる→測定を繰り返す”という行動ループにハマりますね.
 そのため,モニタリングをお願いするとき,とくに数字で表れるものについては「ちょっといい加減なのが好い加減ですからね」と一言加えるようにしています.そういう強迫がみられたら上記のループを図示して,「あなたの状況はいまこうなっていませんか」と患者さんにみせてあげてもよいかもしれません.COVID-19ばかりの状況から少し離れられれば,その行動も薄らいでいくのでしょう.

樫尾:なるほど,毎日体温測定ができなくても「ちょっといい加減」でしょうか…….
 たしかに,毎日朝晩と血圧測定している患者さんのなかには,少しでも血圧が高かったり低かったりすると心配になり,ちょうどいい値が出るまで何度も測る,という話も聞きます.
 新型コロナウイルスの心配で,体温を頻回に測定して,37℃を超えると,1日に複数回電話受診の希望をされることもありました.確か,その後ワイドショーでも,体温が低くても新型コロナウイルス感染が否定できず,SpO2 が低い方がまずいという情報をみたのか,今度は体温よりも,SpO2 の機械を買って毎日測っているという患者さんもいました.「ちょっといい加減」にするのは意外と簡単ではないのかもしれません.

宮内:COVID-19ではワイドショーが何ひとつよいことをしておらず,自称専門家や医療ジャーナリストのどうしようもない発言に揺さぶられる人が多かったと思います.
 「ワイドショーをみるな」,「テレビを消せ」が治療(?)になりますね…….

樫尾:ワイドショーは,待合室のTVで流れていたりもしますが,患者さんがいまどんな情報に影響されているのかを知る目的ではたまにみています.

宮内:HPVワクチンもそうですが,マスコミは本当に医療の足を引っ張るだけで,いったい何をしたいんでしょう(怒).今回の件については,主治医が“養生訓”的な要素を日常診療でお話しして種を蒔いておこうという教訓かもですね.
 複数回の電話受診希望とありましたが,これがあると外来が滞ってしまう可能性があると感じました.どのように対策を立てていますか?

樫尾:電話受診に関しては,当初は電話が掛かってきたタイミングで対応していましたが,外来患者さんを待たせるのもよくないかと,外来業務が落ち着いた時点で掛け直す旨を伝え,いったん電話を切って待ってもらうようにしました.結局電話できるのは昼休みだったり,午後の外来が終わってからになったりもしますが.

宮内:プライマリ・ケアと精神科とでは対象患者さんが異なるかもしれませんが,精神科では頻回の電話に対して一定のルールを病院全体で設けるところが多いように思います.診察の時間をきちんととっていることを明示し,電話をかけてよい時間もお知らせします.このような枠を示すことで,気持ちが不安定になりやすい患者さんの代わりに病院が安定をみせておこうということです.もちろん,つっけんどんな対応ではいけませんし,患者さんの不安な気持ちを認証することが大前提です.認証のない枠提示は,患者さんからすると”おしつけ”になってしまいますので.
 すぐに実行可能なのは,診察の間隔も短くして,定期的にしっかり診ていくことですね.そのなかで,患者さんの不安は不合理ではなくもっともなことだというのを全身で示していきます.患者さんに対して「面倒だな……」と思うと,つい対応も雑になり,診察間隔も長くしてしまいがちです.そうなると患者さんは不安をさらに強めて頻回受診・電話に,それがこちらの対応をさらに雑にして……という悪循環になってしまいます.

樫尾:たしかに,このなかなか終わりのみえないwithコロナの状況というのは,精神的に不安定になるのは,もっともだな,やむを得ないなと思われます.
 精神症状に関して,プライマリ・ケアで対応しているのは,新型コロナウイルスの影響で一時的に不安になっている患者さんが多いかと思われ,今後も頻回の電話対応が続く場合には,そのようなルールを作る必要もありそうです.
 あと,心配で頻回に体温(やSpO2 )を測定してしまう主な原因は,外出を控えて,家でじっとしているからかと思います.この状況になんとか慣れて,自宅近くの散歩や買い物など外出できるようになった患者さんは,電話受診の回数はだいぶ減っている印象です.自分の体調と向き合うのも「ちょっといい加減が好い加減」なのかも知れません.

今回のまとめ

・COVID-19の流行が収まっていくのであれば,高齢者の慢性疾患のフォ  ローは,30日(以内)ごとが望ましい.
・COVID-19が再流行・拡大していく場合,高齢者の慢性疾患に60日処方す るときは,30日ごとに電話フォローを勧めたい.
・電話受診の機会が日常業務に影響する程度に増えてきたら,電話を受ける 時間や掛け直す時間などのルール設定も検討する.
・セルフモニタリングは治療に患者さんが参画する点では大切だが,    「ちょっといい加減なのが好い加減」であることを伝えておく(とくに数 値系).
・COVID-19の心配から自分の体調と向き合うのも「ちょっといい加減が好 い加減」程度に.

参考文献
1) Iwahori T,Miura K,Obayashi K, et al:Seasonal variation in home blood pressure:findings from nationwide web-based monitoring in Japan.BMJ Open,8(1):e017351,2018.
2) Hanazawa T,Asayama T,Watabe D,et al,HOMED-BP(Hypertension Objective Treatment Based on Measurement by Electrical Devices of Blood Pressure)investigators:Association between amplitude of seasonal variation in self-
measured home blood pressure and cardiovascular outcomes:HOMED-BP Study.J Am Heart Assoc,7(10):e008509,2018.

※本内容は「治療」2020年10月号に掲載されたものをnote用に編集したものです


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