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【街角の遠隔診療】第1回 オンラインで 処方はできるの?

樫尾明彦(プライマリ・ケア医),宮内倫也(精神科医)

この連載について
今後広がりをみせそうな遠隔医療.しかし実際にやろうと思うと不安な点がたくさんあります.本連載ではプライマリ・ケア医と精神科医による対話から日常で遠隔診療を行うポイントを探っていきます.

事 例
50代女性.以前は都心の心療内科に電車で通院していたがCOVID-19の流行により電車で都心に行くことは避けたいとのことで自宅から近い当院に電話で相談があった.定期薬がなくなるのでプライマリ・ケア医で出してほしいとのこと.
処方した数日後に,再度電話で相談あり.

樫尾:プライマリ・ケアとしては,心療内科や精神科から出ている薬は,内科の定期薬と比べてちょっと慎重に考えて,主治医(心療内科や精神科)に受診できるのであればそちらで……と,やんわり断ることもあるのですが,遠方の主治医にすぐに受診できる状況ではないとなると,向精神薬などもプライマリ・ケア医が出すニーズが増えていると思われます.

宮内:向精神薬は依存をきたすものがあるので安請け合いをしないことが大事ですが,いっぽうで服薬が中断されると離脱症状/中断症状の懸念があります.最低でもお薬手帳の確認は必要ですし,可能ならFAXでもよいので病院にいったん情報提供をお願いしたいですね.そして,あくまでも応急処置的な処方であることも強調し,処方日数も少なめにすべきです.

樫尾:そうですね,向精神薬はオンライン診療の初診では出せないこととなっています(表1)1~3) .再診の場合なら同じ処方を出せますがプライマリ・ケアの立場であれば慎重に考えたいです.

第1回 表1

 処方については郵送する手段もあります.向精神薬もルール上は郵送可能であるものの,郵送の経験がない薬局の場合,トラブル回避のためか「難しい」と返事されたこともありました.
 実は,この患者さんには「今回は一時的に」と30日分処方した数日後に,出したはずの向精神薬をなくしてしまったためもう一度処方を頼まれてしまいました.なくしたからといって気軽にもう一度出すものではないと思いますが…….

宮内:あくまでも一時的な場合は,なくしたものをすぐにまた出すのは抵抗がありますね.「あの医者はいえば何でも出してくれる」と思われますし,それがほかの患者さんにも伝わる可能性もあります.また,紛失したものを再度処方するなら実費になることもいわねばなりません.

樫尾:やはりそうですよね.内服の自己管理が難しくなった高齢の患者さんの場合,薬を紛失して自費診療で出し直すことはあるかと思われますが,今回はそのような場合とは異なりますよね.
 新型コロナウイルスの影響で受診を控え,長期処方も検討されている昨今,向精神薬は30日までという薬も多いですが,たとえば,1日1回の薬を,2回として30日分(計60日分)にもできますが,向精神薬ですしちょっと抵抗があります.

宮内:いわゆる“倍量処方”は違法に当たり(暗黙の了解で行われていますが……),薬局も疑義照会をしないと個別指導で指摘されるためセンシティブになりますね.かかりつけではない医師が倍量処方であることを知らずにお薬手帳を参考にそのまま出して,患者さんがその量(倍量)を飲んでしまう危険性も高いでしょう.このような方法はやはり怖いです.
 また,向精神薬も数多あり,精神面・身体面の副作用の多彩さは看過できません.その副作用とマネジメントを熟知し,かつ処方する“責任”を持てるなら,処方自体はしてもよいとは思います.患者さんが服用するのは,処方した医者を部分的に信頼してくれている傍証でもあります.それに応えるためにも,薬剤に関して医師はプロフェッショナリズムをもつべきですし,薬剤師の先生に知識を乞うべきです.

樫尾:このあたりは,本音と建前といいますか,倍量処方だなと気づいて患者さんに今回は倍量にできないと伝えると,「え,前からやってもらっていますよ」と返されたときにどう対応するか困るところですね…….
 向精神薬の処方はなかなか独特なところを感じていて,たとえば,1日1回眠前で処方されていても「あ,その薬は眠れないときの頓用なのですが,いつも眠前で出してもらっています」といわれたり,患者さんの裁量に任せられているような処方が多い気がします.宮内先生もご指摘のように,いつもと違う薬局での処方となると,薬局側も困りそうですね.

宮内:「○○さんがいつもかかっている先生と違って,私はこの薬の専門家じゃないから(ちょっと怖いことはできない)」と伝えるべきだと思います.あくまでも一時的な処方であれば,処方日数を必要最小限にすることも肝要です.おっしゃるとおり,向精神薬は独特な処方をされがちですね…….そういうところで薬局側の苦労もみえてしまいます.そのため処方箋のコメント欄で,薬剤師の先生にもわかるように詳しく記載しておくことをオススメします(ある薬剤を2錠で処方していても,コメントで「1 ~ 2錠で調節O.K.」と記載するなど).
 オンライン診療では普段と勝手が違うせいか,聞くべきことを聞き忘れるというのも起きがちです.治療者側も慣れていないので…….
 また,精神科病院であれば,希死念慮や行動化などがついて回りますが,診察室内で語られる・表現される場合と異なり,オンライン診療で遠くの場所からなされる場合では,医療側のできる対処に限りがあります.プライマリ・ケアではとくに厳しくなりそうですが,どのような対策を講じていますか?

樫尾:はい,遠隔の電話での診療ですと,とくに精神症状の対応は,声色だけでは判断できない難しさを感じます.精神症状を訴える患者さんは,高血圧など慢性内科疾患の患者さんよりも,年齢層が低めなので携帯電話も持っている方が多いです.そのため比較的連絡はつきやすいので助かりますね(逸れますが,高齢の患者さんの自宅電話は,迷惑電話防止の設定が強力だとこちらから電話掛けるのもつながるまで大変です 汗).
 遠方の精神科や心療内科よりも,プライマリ・ケアの医療機関を選ぶ理由として,おそらく患者さんの自宅から近いことは考えられます.また患者さん本人はほとんど受診していなくても,患者さんの家族を普段診療していたり,地域,職場のつながりで「あ,ここによくかかっているあの人の……」とつながることもあります.患者さん本人から伝えてきていないのに,「○○さんの同僚ですね」,「○○さんの知り合いですね」とは,こちらか
らはいいにくいですが「○○さんのお子さんですね,その後の○○さんの調子はいかがですか」というくらいの確認ならできるので,個人情報保護には気をつけつつではありますが,芋づる式に家族の様子から周辺の情報を得られたりはします.ほとんど身寄りが近くにいない方だとそうもいかずに難しいですね.

宮内:プライマリ・ケアでは,周辺の情報から患者さんの状況を推し量ることができるということですね.もちろん個人情報保護には気をつけないといけませんが,ご家族からなら自然な流れで聞けそうです.そのうえで,たとえば近くの精神科クリニックや精神科病院と普段から医療者同士で接点を作っておくと,いざという時に紹介しやすいのかもしれないと思いました.

今回のまとめ

・プライマリ・ケア医が向精神薬を代わりにやむなく処方する場合は,
 お薬手帳や担当医から情報を集めつつ,少なめかつ短期間の処方にする
・処方する薬剤の特徴(作用・副作用・相互作用など)は少なくとも知って おく
・オンライン診療で初診を行う場合,向精神薬は処方できない
・いざという時のため,普段から患者の周囲や他院の精神科医とのつなが
 りを作っておこう

参考文献
1) 日本プライマリ・ケア連合学会:プライマリ・ケアにおけるオンライン診療ガイド 「第四の診療形態」へと育てていくために.
https://www.pc-covid19.jp/files/topics/topics-5-1.pdf
2) 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえたオンライン診療について.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/rinsyo/index_00014.html
3) 厚生労働省:オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会.
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-isei_513005_00001.html

※本内容は「治療」2020年9月号に掲載されたものをnote用に編集したものです


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