旅楽団 42


【42 てんぷら山の日が沈む】


銀鱈狐の黒く暗い部分が僕らをにらむようにしている。
その焦点は外されることなく僕らに向き合っている。
水槽の水は、すっかりなくなってしまった。
すべてが穴からこぼれてしまったんだ。
僕がすこし体を動かすと、底のいびつな変形のせいでグラグラと左右に動くんだ。
銀鱈狐は前足を水槽にかけると、勢いよく水槽を蹴り飛ばす。
水槽は横に倒れるとそのままコロコロ転がる。
僕らもその中でコロコロ転がるのさ。
近くの岩にぶつかって水槽が止まるまで。
水槽が止まると、ユルユル水槽の近くに銀鱈狐が寄ってくる。
するとそこに向かって、奇麗な毛並みのけだものは
「ふはぁふはぁ。さあさぁ、出ておいでぇ…。出ておいでぇ。出てこいぃよぉ!!」
僕の目はクルクル回っている。
強い言葉にまた僕は怖くなる。
震えてくる。
そんな僕の背中を、輝きを取り戻したクラリネットが押してくれる。
あの優しい声で。
「さぁ、吹いてごらんよ。君の努力は全部見ていたよ」その言葉を貰った僕は勇気を振り絞る。
水槽の外へそろそろ這い出す。
僕の姿をみて、銀鱈狐は凄く嫌そうな顔をしている。
僕はクラリネットに「頼むね」って、タクトみたいに言うと、クラリネットを口に当てて
『僕たちの強い強い気持ち達』って、お父さんと毎日毎日練習した、あんなに嫌いな、とても素晴らしい曲を力いっぱい吹いたんだ。
ただね、少しだけ怖くてね。
僕は目をぎゅってつむってしまったのだ。
けれど、力いっぱい、力いっぱい吹き続けたんだ。
あれだけ音の出なかった…。
音が形に…。
曲にならなかった楽器の音…。
音が弾けて、音符は流れて、音色に波を集めて、音楽の川になって、曲が完成していく。
力いっぱい吹き上げる。
力の限り吹き続ける。
すると、力が抜けていく、体が軽くなる。
緊張がほぐれている。気持ちが良くなる。楽しくなっていく。うれしくなっていく。
自然と曲が終わっていた、いつ終わったのかもわからない、こんな事は初めてだった。
目を開ける。ゆっくりと、そこに銀鱈狐の姿はなかった。
こぼれた水が土にしみて消えるように、シャボンの泡が空で弾けるようにね。
演奏が終わった僕は、その疲れと銀鱈狐からの開放感から膝をつく。
両手はフルフル震えている。

その時水槽の方から声が聞こえる。
慌てて水槽の方へ、中からマイタケが飛び出してくる。
「ひどいよ、こんなところに閉じ込めて!」マイタケは不満の声をあげる。
そして周りを見渡して、
「あれ?蜘蛛たちはどうしたんだい?」
僕は、あんまりな暢気さに体の力が抜けて、言葉が出ない。
ニヤニヤするだけ。
マイタケはそれを見て、怒ったように言う。
「なんだってのさ。君は…」そう言いかけた時、マンゴーばねがバイーンと飛んだのだ。
僕とマイタケはそれを見てすっかり我に返ったよ。
約束の時間だ!僕らは顔を見合わせる。
立ち上がる時に膝ががくがくした。
それを見てマイタケは、
「なんかあったの」って、やっと心配してくれたんだ。
「だいじょうぶ」僕はそれを返すのがやっとなのだけれど、僕らは急いで電車へ戻らなくちゃ。
銀鱈狐とのやり取りを、チリチさんやタクトに伝えないと。
特にタクトには注意をさせないと。
赤い街を急ぐ。急ぐ。気持ちが焦る。
電車に向かう間、僕はマイタケに銀鱈狐との顛末を説明した。
説明するたびに、マイタケは自分が何もできなかったことを僕に謝った。
だけれど、僕は大丈夫だから平気だからって、受け流したんだ。

電車が見えてきたころ、その異様さも目に付いた。
さっきいた時よりもよっぽど多くのネイクラ達、大量のネイクラの群れが楽団を取り囲んでいる。
頭の先や足の先をピカピカ光らせている。

その先の電車の所に、チリチさんがいる。
タクトは?不安が頭にやってくる。
タクトは?僕は疲れた体に鞭を打つ。
タクトは?走るスピードを上げる。
「タクトは?」チリチさんに聞く。チリチさんは力なくうつ向いたまま。
「急に倒れたのよ」そう教えてくれたんだ。

ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん