旅楽団 49

【49 『明後日でも明日でも今日でもなく今から』】


「まあるい穴からただぼんやり眺めるのも乙なもののよねぇ」チリチさんは、片手に[メロン殺し特選]を持って笑いながら言っている。
「それにしてもさ、多分一番最初だから前座なんだよね?うまいよね。会場中のお客さんがフワリフワリと浮いてるくらいだものね。王様も浮いてるね」タクトは遠くを眺めながらぼんやりとつぶやく。
マイタケはわざわざ会場まで出向いて買ってきた[特別編集プログラム]を真剣に読んでいる。タクトの声が耳に届いたのか、
「あの一人でやってるのはね。[カジノフォーリー]って人なんだって!神出鬼没のカンサイジンって紹介に書いてあるよ。何にしたって路上ゲリラライブがすごいんだって」解説をぺらぺら始める。
今ではすっかり、楽団マニアだ。
僕たちはそんな亀の子だわしの亀の子の解説をぼんやり聴きながら。[ちくわぶ]を四等分にしたら、[ドキュメント・イル]まで、ちょうどいい距離になったのさ。
それを使って、演奏会の演奏を楽しむ。
[イマ・市]の黄色い街の深い森に、音もイイ感じで響いている。[カジノフォーリー]の演奏は、僕たちの乾いた心にしっかりと潤いを与えてくれたんだよ。
チリチさんはその演奏を眺めながら
「あの子、すごくうまくなったなぁ…。小さい時なんて右も左もわからない、迷子みたいだったのに…」思い出すように、言うのさ。
「チリチさんの知り合いなの?」
「すごいんじゃないのさ?」
「今度、今度、ぶ!一緒に…」
何て言っていたんだけれど、チリチさんはあまり人の話をするのは好きじゃないみたいで、
「えぇ、そんな感じよ…」って、あいまいな答えでごまかしていたんだ。
[カジノフォーリー]の演奏が終わった後、何組かのさえない楽団がステージの上に上がっては演奏して、降りていく。
それを次々に繰り返す。
演者と演者の間のセッティングも、バタバタとあわただしくね。
客席の一番前に陣取った王様も、一番最初の[カジノフォーリー]の演奏の時とは違って、さえない顔をしていたね。
そんな様子にみんな、心に思っていただろう。
どうしても言えない一言。
僕らはその言葉を飲み込んでいる。
心の中にね。
そのうち、また何組かの楽団が演奏をして前半最後を務める楽団が登場したんだ。
マイタケは以前からこの楽団の大ファンだって言って、興奮しているんだ。
その楽団が登場する。
ステージに彼らが登場するなり、観客の声の波が物凄い高さであたりをうずめる。
その興奮はの居るこちらまでも届くよう。
その[道徳]って楽団は、会場の雰囲気をまるで楽しむかのようにしている。
自分たちの間合いでゆっくりとセッティングをしている。
観客の煽る声にはお構いなしに…。
何なら少し談笑なんかもしているよ。
今まで登場した楽団にはそんな余裕は見られなかった。
足踏み担当のカウントが入る。
音が一斉に飛び出す。
あたりを圧倒していく。もちろん文字通りにね。
観客が叫ぶタイミングを逃すほど。
音たちがマシンガンのように放たれてくる。
僕らの口はあんぐりと開きっぱなしになってしまうんだ。
今まで出ていた楽団と、まるで違う舞台を見ているようだった。

解説のマイタケが
ギターのフィルムさんは、絵描き…。
ベースのティティは、大工…。
ハーモニカの凍道は一年中泳いで…。
なんたって、あの足踏み担当の、シゲルがすごいんだ。見ての通りずっと口をあけてる…!
マイタケの解説はあまり耳に届いてこなかった。
演奏の圧力はどんどん上がっていく。
破壊的というか迫力のある音たちの面構え。
そして何より音の粒たちの、前向きなところ。
がむしゃらな音の響き。
ステージに立った時の余裕がある動作の彼らはそこにはない。
必死、悲壮、切実、なりふり構わない、これが俺たちの出来る最高のカッコよさ。
そんな姿に感動達が後からやってくる。
最初はそれが感動だったとは思いつかないほど。
あとからあとから追っかけてくる。
素晴らしいステージ。
その[道徳]のこの演奏会、最後の演目は彼らの演奏にふさわしいタイトルだった。
『明後日でも明日でも今日でもなく今から』
そういう、熱い、激しい、すごく早いメッセージソングだ。
ただ今の僕たちにはちょっとキツイ一曲になったね。

タクトは顔を震わせていた。




ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん