『saṃsāra(サンサーラ)』8

8       道
 
いい道と悪い道があってそのどちらも、まっすぐで不味い。そのどちらにも階段がついていて旨いんだと犬は言う。よくわからないなと私が言う。
犬はいい道には飴ころがあまりなくていい匂いがする。悪い道には飴ころが多くなくて臭いのだという。それについても理解に苦しむよと応えた。
すると犬はむきになって言い換えるなら、シャツの裏表の手前が裏だった時のようなものですよと力強く言う。
これ以上犬の言葉を解釈するのは無駄な気がして私は口を噤む。
犬は機嫌が悪いわけでは決してなく。どちらかと言えばいい方なのだと思う。
犬の言動については、狐の池の魚が卵になってくれて、それを私が拾ったことに起因するらしいのだがこちらも、そんなことは私の知ったことではない。
今、卵は上着のポケットでおとなしくしている。多分寝ているのかもしれない。
何事もなかったかのように。実際何事もなかったのかもしれない。
 
四回目の鐘が鳴るのはそんなやり取りの中だった。地下にやってきて私たちは鐘のことをすっかり忘れていたのだが、やはりそこにもそれは正しく鳴り響いていく。
ドーンとかボーンと正しく四回打ちなっていく。
 
又あの訳の分からない言葉なんかを携えて。この間のよりも長い感覚で、言葉は中空を彷徨っていく。どこに行こうでも誰かに届けようでもなく、ただそのあたりをくるくる彷徨っている。鐘の音は周囲に振動を轟かせている。
犬は四回目の鐘の音を快く思っていないらしく、またぶつぶつ言っている。
 
そんな中、私たちが進むかがり火の道の先から馬がこちらへと走ってくる。
最初は豆粒のようなもので、なんだかよくわからなかったのだが、こちらに向かってくるにつれ、それがどうやら立派な馬だってことがわかった。
馬の背には人の姿。女性が一人乗っていた。
私たちの前までかけてくると、馬の背の娘が言葉をかけてくる。高らかに。私たちに向かって。白い布で顔を覆っている、その隙間から。
「*★@。~#&で!」
その言葉はうまく伝わらない。私にしても犬にしても。言語の違うものが必死に何かを訴えているように思うと私も力が入る。けれど力が入ったところで何を意味しているかが分からない。言葉の意味をつかむことができない。
困った顔をしていると犬が先に、歌い始める。
馬の背の娘も、それに合わせて歌いだす。
拍子も調子もあっている。
しかし言葉が交じり合うことはない。
会話が織りなされてはいかない。
犬の歌に馬が一節。
すると急に、調子やら拍子やらが良くなっていく。
だんだんと意思の疎通が出来上がっていく。
しかし言葉は、まだ繋がることはない。
しびれを切らした馬が、近くの石を一蹴りすると、その甲高い音が周囲に響く。
その刹那馬の背の娘の言葉が、やっと私の知っている言葉になっていく。
ただしこの時点ではまだ意味を介していないのだが。
しびれを切らした犬が、近くの木に向かって人吠え、その高い音があたりを包む。
今度は私の言葉が、馬の背の娘に伝わり反応する。ただしこの時点でも、あちらにも私たちの言葉の意味も意思も伝わっていない様子なのだが。
馬がいななく、犬も石を蹴り上げる。
馬の背の娘も必死に何かを伝えようとしている。
私も必死に何かを探り取ろうとしている。
答えが見つからなく、答えがあるようにも思えない。
後ろの階段から飴が転がってくる。いくつもいくつもまさしく雨のように。
ころころからから。
心地よい音色を立てながら。
ころころからから。
いくつもいくつも、あとからあとから。
馬の背にいた娘もいつしか馬から降りていて、飴を手に取り口の中に放り込む。顔につけられた白い布の横から。
「あまい」
ほっぺたをさすりながらそう言った。
私も一つ口の中に放り込む。こちらはどうにもしょっぱくて。どうやらこれは塩飴だったようだ。それでもあたりは飴のいい匂いが立ち上っていた。
犬はその様子を見ている。
馬もその様子を見ている。
どうやらこちらは良い道の様だった。

ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん