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「答え合わせ」の旅⑰

巡り合わせ


興奮も冷めやらぬまま

ホテルについて初めてテレビをつける。
言語が一切わからないからつけもしていなかった。この国は何チャンネルあるのかもわからない。
でもひたすらに回す。やってるはず。
オレンジと白の色合いがパッと現れ、あった!

サッカー、フランスVSオランダ代表戦。

リアルタイムでテレビで観れるのは現地の利点。
2023年の国際Aマッチはこれが初。フランスがホーム。
そして3日後は行く予定のオランダのホーム戦。自ずと鼻息が荒くなる。

お湯を沸かし、日本から持ってきたカップうどんとスーパーで買ったサラダを食べる。カットフルーツもあったかな。
この国で一番美味しかったものは間違いなく西友のカップうどんだ。
100円ちょっとでこのクオリティ。だしが染みる。もっと日本から持ってくれば良かった。今日のレストランを恨めしく思う。

ちなみにこの旅に果物ナイフを持ってきていた。
外国の果物ってどんなんだろうって思って剥いて食べたら面白いかなって。スーパーに行ったら野菜類コーナーには量りがあってどう買えばいいかもわからなく断念した。
この旅で要らなかったもの第一位の勲章は君に贈呈だ。でも落ち込むな。
君は帰国後、最近買って良かったもの第一位に返り咲く。適材適所。

試合を観ながら、あれ、いつものあの選手出てなくない?あの選手も。なんで?W杯が終わり、新シーズン。監督も変わったあとの選手起用は読めない。ホーム戦もでないわけ?
そうこうしてたら前半だけで3点決められた。
ちょっと大丈夫?って内容だが、そろそろ行かねば。
食べ残しは持ってきた紙皿を被せて冷蔵庫にしまい、私はコートを羽織り、壁に挿してあるカードキーを抜いた。

VERMEER

ヨハネス・フェルメール。オランダ・デルフト出身の画家。
有名な絵に女性の絵が多いせいか、私は彼を思い出すとき女性を想像してしまう。黄色と青のコントラストが有名。今回は現存する35点ほどの中から28点も彼の故郷ここオランダに集結するという。
会期は2023年2月~6月初めまで。
巷では史上最大のフェルメール展と言われている。

あのときから私の唯一好きな画家。

この会期中にオランダに居れることがまず奇跡。
この勇気が一足早くても一足遅くても出会えなかった。
そしてこのチケットを取れたことも。

奇跡とも運命とも呼びたい

オランダ行きを確定したちょっとあとのお話。
偶然にもその期間にフェルメール展が国立美術館で開催されていることを知った。
なんて運命!と胸が高鳴る私はすぐにサイトに飛んだ。

SOLD OUT。
非情だ。20万枚用意されたチケットは2日後には完売したそうだ。
ちぇ残念、と思って諦めモード。
しかし、よくよく考えると見過ごせない問題に気付く。
え、常設展にいつもいるフェルメールの作品もそちらの特別展に移動するということではないか。
彼の祖国にまで行って1枚も彼の絵を見れないなんて。

由々しき事態。

希望の光は一筋だけあった。
完売後もどうしても観たい人が問合せに殺到しているらしい。
「別のプランを考えている。少々お待ちあれ。3月上旬にはそれを発表する。」
ということも書いてあった。
それが何なのかわからなかったが、チケット再販なのかもしれない、とその日を待つ。
2月は先述の通り、本当に働き詰めの毎日だった。バイトを完遂したあとは久しぶりの週休二日制をボーッと過ごしていた。

気づけば3月上旬になっていた。
しまった。と思った。

追加の発表は何日かハッキリしてなかったが、今週から毎日アクセスをしなければいけないものだったのでは。と思った。数日前までは見ていたのにいつもこうだ。
気づいたときは発表二日後。時差があるから厳密には一日半ぐらいか。
急いで飛んだサイトには、フェルメール展は特別に夜間開館をしますというチケット再販の追加発表。うぉぉぉぉぉと盛り上がる。
それに加え「アクセスが集中しています」のまたまた絶望的な文字。

終わった。女はみすみす最後のチャンスを失った。
愕然としたが、この女には苦手なことがあった。

諦めること。

SOLD OUTとは書かれていないじゃないか。
この女を諦めさせるにはそんな言葉では足りない。
時間を変えて一日中。翌日も会社でトイレへ行く度、アクセスをした。
諦めないとは言っても無理だろうな、とは女もさすがに思っていた。

そして奇跡は起こる。
ある日の通勤途中の朝。
当時会社の移転で路線が変わり、空いた電車で通勤することになった。
座席に悠々と座り、お気に入りからサイトに飛ぶ。
習慣化したこの作業はもう日常風景。
相変わらずの「アクセスが集中してます」の文字。

はいはい。
上から下へスクロールして指を離す。
ぐるぐる円が回ってパッと画面が更新。しかし同じ文字が出てくる。
でしょうね。知ってる。変わり映えのないつまらないサイトめ。
スッ。パッ。
あ。もう閉じるつもりがクセでまた更新をしてしまった。んもう。

パッ。

はいはい…とまた唱えようと、チラッと視界の端に見えたそれは初めて見る画面だった。なにこれ。
チケットの枚数を入力する画面に見える。
え。
スマホを顔面に近づける。

何がどうなった?と思った。
もしかして繋がったのか?という反応は、脳ではなく脊髄から来る反射神経並みに素早く伝達されてきた。

急いでバッグから財布を。財布からクレジットカードを抜き出した。空いてる路線で良かった。
慌てる心とサイトの動作の遅さの相性が合わず、2枚も購入しそうになった。落ち着け落ち着け。
いつ切断されてもおかしくない。次へボタンはチケット争奪戦の経験者からしたら、天国から地獄ボタンも同然だ。
ページが切り替わった。まだ切断はされない。うわうわうわ。

カレンダーが現れる。
購入したい日付をカレンダーから選ぶパターンか。
瞬間的な理解をし、日付を確認。
カレンダーは真っ黒で、黒い日はもうクリックできず、埋まっていることを示していた。

3月のカレンダーは真っ黒だった。
でもたった一つだけ。
黒い中で一つだけ白く光る日にちがあった。
3/24。
え?と思う。私がオランダに行ってる日なことはすぐわかった。
そして私の勘違いでなければ。
バックグラウンドにしてGoogleカレンダーを素早く確認。
すぐにでもクリックしたいところだが、私にも予定の段取りがあった。
初日にザーンセスカンス。
・23ベルギー。タリスのチケット取得済み。
・24アムステルダム観光。アンネ・フランクの家チケット取得済み。
・25ユトレヒト予定。まぁ動かせる?
・26移動。無理。

行くなら24だった。
サイトへ戻る。
24だけ白く光って私を手招いてる。ねぇどうして。なんでなんで。
その日を疑い深くクリックし、ここも地獄に突き落とされず次へ進めた。

今度は時間指定。夜の部21時台が二個空いていた。
遅っ。悩む。せめて19時台とかなら。
でも四の五の言ってられない。うーんでも怖い。
一番遅いのはさすがに出歩くの怖くてまだ早めの時間を。
弾かれた。
うわ。出たよ。チケット争奪戦あるある。
地獄の閻魔大王はまだ私が地獄へ落ちてくるのを待っている。
仕方なく最後の時間帯をクリック。
ここも弾かれるんでしょ、変に期待するとへこむんだよな、って大人になって身に付けた無常さはここでは生かされなかった。
次へボタンはまたも通過した。

クレジット番号入力画面。はやくはやく。急げ急げ!
脳内全部が私の両親指を応援していた。
いけいけいけ。確定。頼む。

パッ。最後の画面が表示された。

奇跡のような巡り合わせ。

脱力。
トレンドでも調べてた私はここまで行けば予約完了だということを知っていた。完了メールは1,2日かかってるらしい。焦らず待とう。

会社に着く前からだいぶエネルギーを消費してしまった。

取れたはいいが、一個問題なのはこんな時間に一人で夜を出歩かねばならないということ。治安もわからない。この時間に交通機関が動いているのかもわからない。
でも、待てよ?確か…。この問題も嘘だろって理由で払拭する。

私はその美術館から徒歩3分の場所にホテルを取っていた。

1ヶ月前の散々悩んだホテル選び。
本当はもっと中央駅の近くにしたかったし、トラムで中央駅まで15分もかかって一泊25,000円以上するなら逆にもっと郊外にしようか悩んで悩んで。
旅行会社も何度も変えては見積額を見比べて、そしていざその金額を見て怖じ気づいては確定ボタンをためらう。そうするとやっとここにしようと決めたホテルがなくなって振り出し。
などなどそんな紆余曲折を経て、そこに決めた。

空島並みの伏線回収

ゾッとするような展開にONE PIECE並みの伏線回収かよと思ってしまう。
私が過去一番衝撃を受けたONE PIECEの伏線は、空島の正体を知ったときだった気がする。
「髑髏の右目に黄金を見た。」の本当の意味が明かされたとき。
いまそれ並みにガツンと衝撃を食らっている。
黄金郷は本当にあったんだ。

数日後またサイトを訪れると6月までの夜間開館も全て完売の文字。
もう代替案はないぞと強く訴えていた。さすがにガッツポーズ。
冷静になるとあの時間繋がったのは欧州が寝静まるころの時差で得たアドバンテージも影響するのだろう。日出ずる国、日本。助けられたぜ。

そんないきさつで私の手元に来てくれたチケット。
今回ばかりは私のためだけに用意されたのかと思ったっていいよね。
運命とか奇跡って言葉をどうか使わせて。

ここでの体験が私に大事なことを思い起こさせてくれた。
とてもとても大事な1日の終わりのはじまり。