恐怖のチェリー🍒
小学生のとき、集団登校だった。
家から集合場所までの道にはチェリーという白い小型犬が飼われている家の前を通って行かなければならなかった。
犬には詳しくないのだけれど、調べてみると、犬種はシーズーかマルチーズだと思われる。
なぜ思われるのかというと、全く手入れされておらず、常に薄汚れており、毛もカットされていなかったので、毛が伸び放題で私が本来の姿を知らないからだ。
チェリーは雄だった。
年齢はわからない。
私が物心ついた時からその家にいた。
話は戻り、そんなチェリーの家の前を通るのが小学6年間&中学3年間の計9年間、幼稚園時代も入れたら12年間、本当に嫌で嫌でたまらなかった。
チェリーは普段、家の玄関内土間に鎖で繋がれていた。
ど田舎だったので、玄関に鍵をかける習慣はなく、引き戸になっている玄関ドアはよく少し開いていたりもした。
そんな時は要注意だ。
チェリーは鉄製の2m半くらいの鎖に繋がれているのだが、35%くらいの確率で鎖は外れていた。
(この数字は少なくとも12年間、毎日家の前を往復した経験値から出した。)
チェリーとの恐怖エピソードは数え切れない。
今でもよく思い出す。
本当に命がけで家に行き帰りしていた。
犯行発生時はほぼ、帰りだった。
朝は婆さんが玄関前を水撒きしているので、朝は婆さんがしっかりチェリーを見張っていた。
だから、朝は
「おはようさん」
「おはようございます!」
「いってらっしゃい」
と交わし、安心して登校していた。
帰宅路…チェリーはいつも放置状態だ…。
チェリーの家はT字路の横棒と縦棒のちょうど交わる突き当りに位置している。
帰り道は縦棒を下から上に進んでチェリーの家の前を真左に曲がった先がうちの家だった。
だから、真っすぐ道を進みながら、
どんどん近づくチェリーの家を、
ひたすら家の前の様子を捉えるようにしながら私は歩みを進めた。
12年間もほぼ毎日。。。
恐怖の記憶で1番最初に覚えているのは、私がまだ幼稚園で
自転車は補助輪なしで乗れなくて、あのやかましい補助輪を付けて集落をガラガラガラガラとけたたましい騒音を発生させながら、
近所の友だちと遊んでひとり家へ帰る時に起こった。
私は足が早いこどもだった。
自転車の日は更に速くなる。
チェリーの鎖が外れていた場合、どう逃げ切るかのシミュレーションをまだ5歳くらいの幼児だった私はその日も脳内で完璧にシミュレーションしながら、だんだんと近づくチェリー家に備えていた。
空はキレイな夕焼けだった。
私はチェリーの鎖が外れた場合を想定した。
あの家の前から逃げ切るには、自転車を最高加速しておかなければならない。
ただし、加速しすぎるとあの90°直角カーブで曲がりきれず、
思いっきり石垣にぶち当たるかひっくり返って大怪我して、更にそこにチェリーに襲われて噛まれて重症を負う…
この集落はとても古い。
家は石垣を組んで作られていた。
特にこのT字路は左右の壁共2m級の石垣に囲まれた、全く見通しのない迷路のような道で、幅は小さな軽しか通れないような道だった。
たまにどこかの親戚が遊びに来て、よく知らずにこの道をワゴンや乗用車で通ろうとして、出れなくなって、最終チェリー家に家の敷地内に侵入させてもらって、ターンしてなんとか生還しているのを見てきた。
あぁ、またやっちゃったのね…とこどもの私は道で遊びながら思っていた。
最高加速ではひっくり返って終わる。
でも、チェリーに追いつかれない最大の速度で90°カーブを曲がりきらなくてはならない!
私は瞬時に脳内で計算を終え、ペダルを踏み込む速度を調整した。
チェリーの家まであと5mくらいのところまで来た!
砂利に打ち付ける金属音が聞こえた。
いる!!!
外に出ている!!!
姿は…
いた!!!
体長より遥かに長い約2.5mの鉄製チェーンをカランカランと引きずりながら、今まさに、私に噛み付こうと全力疾走でこちらに向かってきた!!
やつの家は家から路地に出るところまでは3mくらいの下り坂砂利になっている。
こどものチャリは車高が低く、恐らく近づいたら足を食いちぎられるっ
このカーブで成功しなければ、、、もう死を覚悟した。
ヤツと合流する地点は…
脳内計算すると、ちょうどヤツの家の目の前、
まさにカーブしている瞬間だと算段した。
カーブだけは失敗できない。
ハンドルを握る手は手汗グッショリだが、顔はもう幼児の顔つきではなかった。
生死のかかった生きるか死ぬかの真剣勝負だった。
チェリーは大声で吠え立ててこちらに向かってきている。
チェリーと鉢合わせの瞬間!
家の前で90°直角カーーーブ!!!!
後ろの右補助輪は大きく宙に浮いた!
車体は大きく左に傾き、このまま左石垣に顔ごとぶち込んで自滅するのか…!!!
そんな今にもチャリごと倒れそうな私を右側から噛みつこうとヤツは容赦なく襲ってきた!
神業のようなチャリテクで、私はそのまま横転することなく、車体を元の体制に戻し、家の前まで全速力で漕ぎ出した。
チェリーは容赦なく、そんな私のうしろを全速力で追いかけて来ている。
キャンキャンキャンキャン鳴きながら、
ほんとにやかましい!!!!
だが、私の補助輪も同じくらいかそれ以上にやかましい。
フッ!もう怖いものはない!
カーブを過ぎ、
もうチャリで全速力なのだから、
追い抜くことはできないはずだ!!
だがしかし!!
最後の難関があった!!!
私の家の前は3m程の上り坂道で、登りきった瞬間にチャリを乗り捨て、家のドアを開け、チェリーが入り込む前に玄関前ドアを思いっきり全速度で締め切らなければならない。
家のドアは引き戸だ。
スピードを出し過ぎると、手を詰めるか、跳ね返ってきた引き戸に頭ぶち当たって怪我する…
そんなシミュレーションを家の前の坂道につくまでの約5秒の間に済まし、
坂道は全力ダッシュ死守することを心に誓った。
ついに、
坂道に入った!
最後の踏ん張りどころ!!!
もう完全に家の敷地内だが、チェリーはお構いなしで全速力のチャリとともに侵入してきた。
登りきったぁ!!!
即座にチャリを乗り捨てる!!!
コケるんじゃねえ!!!
家まではさらに30cmほどの段差がつけてある。
勢いそのままで来たので、段差につっかかるっっっ!!!
ここで、コンクリートに顔面ごとぶち当たって顔を潰したくない!!!!!
上体を反り返るようにして、なんとかコケるのをそらし、
そのまま、玄関ドアを思いっきり開ける!!!!
手を詰めないように、すぐに手を離す!!!!!
引き戸が勢いで戻ってくる!!!
そのままドアをビシャリと閉めた!!!!
鍵をかける!!!!!
成功した!!!!!!!!
ヤツは段差は恐らく上がってこれないから、
段差前でギャンギャン大声で吠え立てている!!!!
ひとの家の中(敷地内)までよく入るな!!!!
勝った!!!!!
フッ!!!!!
玄関入ったらすぐキッチンで、
お母さんは
「あんた何やってんの?」
と呑気に何も知らず声を掛けてきた。
私は必死の形相でハァハァ息も絶え絶え、肩で息をし、靴は思いっきり脱ぎ飛ばしたので台所のテーブル下へスルリと滑っていった。
ヤツはいつまで居座る気だ?!?!
ハァハァ言いながら、汗がドッと吹き出しながら、思いっきり投げ捨てたチャリが、まだ生きているのか、いつになったらチャリを片付けられるのか、心配になってきた。
チャリ壊れてたらどうしよう…
これじゃ、外に出られない…‥
だが、5分もしたらチェリーの吠え声は聞こえなくなった。
あのチェーンの音もしなくなった。
念の為、座敷のある来客用正面玄関から、外を覗いてみる。
もう、ヤツは帰っていた。
心臓はまだバクバクいっていた。
5歳女児のチャリシーンは映画にできるのではないかと思った。
完
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