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チキンナンバン(下)

わいわいとにぎやかな店内に入っていく。
「おおっ、きたきた!珍しいやつ。」
「ひさしぶりぃ。」
「何年ぶりや〜。」
みんなが物珍しそうな顔をして自分を見ている。奥の方を見ると、昨日隣りにいたあの人がお酒を飲みながら手をふっていた。「仲良かったよな。」とみんなが気を遣ってくれたのか席を近くにしてくれた。少し安心した。
「よっ。」
「昨日ぶり。」
お互いにみんなの輪に入りすぎることもなく、だからといって孤立しすぎるわけでもなくその場にいた。ご飯を食べるというよりアルコールを胃に入れる。隣りに座ったと言ってもお互いに何かしゃべることもしなかった。
やっと飲み会が終わり、お店を出た。もともと仲の良かったグループや久しぶりに再会して興味を持った者同士で連絡先を交換している。何人かは次の二次会の話なんかをしている。
(あー、自分はもう二次会はいいかなあ。)
とあの人をキョロキョロと探すと。
「えっ。」
なんと、店の駐車場の端っこにチョコンと座っていた。顔は真っ赤。周りにいた人たちは
「お前さ〜、そんなに強くないんやからー、もー。」
とクスクスと笑っている。自分もそこに近づいていく。
「何?酔っ払ってるん?」
「お?ああ、参加するの初めてやったっけ?こいつ酔っ払うのめっちゃ速いのに気づいたらニコニコしてめちゃ飲むとよ。」
「そうそう、でもこんな座り込むまで飲むの初めてやない?」
「こいつとよく話してたし、お酒飲むスピード速かったっちゃないと?」
とゲラゲラと笑った。
「お前、こいつの家知ってたよね。」
「知ってるけど。」
「俺ら二次会行くから頼んでいい?」
「んー、うん。」
座り込んでいた顔を覗き込むと目が開いているのか閉じているのかわからないくらいにとろんとしている。
(だめだこれ。)
みんながそれぞれ二次会に行くのを見送って、肩を組んでタクシーに乗り込む。家など知るか。免許証を見せるよう伝えてそこの住所を運転手に伝えた。
(そうか、もう一人暮らしだよね。)
学生時代の住んでいた実家ではなくきれいなマンションに住んでいて、中もとてもきれいだった。
「ほら、着いたよ。布団はいんな。」
「…」
「?」
「出そう。」
「えっ?!」
急いでトイレにつれていき、背中を擦った。
全部出てしまうと布団に連れて行く。
(この人、こんなにお酒弱かったんだ。)
冷蔵庫から水を拝借して布団のある場所まで持っていき、飲ませた。
「どう?少しはまし?」
「んん…ごめんね…君、自分以上にお酒飲んでたのに…」
「気にしないでいいから寝な。」
送り届けたら帰るつもりだったが、うんうんと唸り続ける様子を見ていたら帰れなくなってしまった。相手も酔いつぶれているので朝方に帰ればいいだろう。
「もう…どう御礼をしたら良いものか…」
消え入りそうな、眠りに入る狭間のような声でそういう。
「じゃあ、また君のご飯が食べたい。」
寝ていることを良いことに、あのときに送ることをやめてしまったメッセージをこぼした。
少し寝て、朝方少し早く起きたのでなにか作ろうと思ったが、キッチンに改めて行ってやめた。様々なキッチン用品。伏せてあるお皿。2セット。
(そっか、この人にはパートナーが居たのか。)
友人を失ったような、なにか悲しい気持ちになり慌てて上着を取ると部屋をあとにした。日が昇ってきたばかりで一昨日の夜より肌寒い、少し震える。口の中は昨日のアルコールが残っているのか気持ちが悪かった。ランニングをする人たちとすれ違う。昨日の飲み会でみんなの今を沢山聞いた。会社員を続けている者、結婚をして主婦になっている者。転職をした者、独立した者。無職。
 家にいることがとにかく嫌で美味しいものを食べたくて家を出た。何を得ただろうか。一人の時間。あとはどこに行っても何も言われない環境とアルコールを飲める年齢だろうか。今までと何も変わらないはずなのに急に胸の奥が冷たくなった。家に帰り着くとそのまま布団に潜り込んで気を失うように眠った。目が覚めたのは夕方。母親と父親はもちろん家にはもういなかった。コーヒーを飲んで携帯を見る。
”おはよ、昨日はありがとう…あの、お礼なのですが……”
何故かそのメッセージを見て急に胸が冷えた。既読を付ける前に一回携帯を伏せて再びコーヒーを飲み込んだ。一息ついて恐る恐るメッセージを見る。
”おはよ、昨日はありがとう…あの、お礼なのですが昨日言ってた自分の料理で良ければ全然ごちそうします。他に食べに行きたいところがあるならおごります。”
恐る恐る指を動かした。
”気にしないで、すぐ帰ったし。”
”いや…自分…戻したの覚えてる…。自分が寝るまでいてくれたやろ。”
メッセージに既読がついてしばらく間が空いたのを見ると、相手は相当落ち込んでいるらしかった。
(というか…寝てると思ってたああぁぁ。)
てっきり酔い潰れてもう聞こえていないものだと思っていったのに、しっかり聞かれていた。大きなため息が出る。浅はかなり。
”気にしないで。ほっとけなかっただけだから。”
そう返すが、
”でも、食べたいです。”
”よかった…いつなら時間作ってもらえるかな。”
”今晩から明後日の昼までかな。あさっての夜にはもう戻るから。”
”じゃあ、今晩で!”
自分で言ったものの、まさか今晩になるとは思わずコーヒーを吹きかけた。
”今晩!(笑)わかった、いつなら行っていい?”
”いつでも良いよ。お酒も飲もう。お風呂入ってきたら。”
この人は天然のたらしなんだろう。確かに学生時代幼馴染のように暇があればお互い家に遊びに行ったりはしていたが、その感覚と何も変わらないのだろう。
”了解、君は飲みすぎないように。お酒は買っていく。”
”ありがとう。”
メッセージのやり取りを終えるとシャワーを浴びて湯冷めしないように少し厚着をして家を出た。少し明るい時間にシャワーを浴びて堂々とお酒を買って向かう。何故か大学生の頃を思い出しワクワクした。今朝出たばかりのあの部屋に戻る。十分綺麗だったが、少し掃除をしたのだろうか、整っている。キッチンに伏せてあったお皿も食器棚に戻されていた。
「いらっしゃい。あの…改めて本当に申し訳ありませんでした。」
深々と頭を下げてくる。眉毛はハの字にで情けない顔をしていた。
「気にしなくていいって、よくああいう風に介抱することあるからさ、慣れてるし。」
それを聞いて唸っていたがお酒の量を見るなり目をまんまるにした。
「そんなに買ってきたの?」
「ん?ああ、ちゃんと君のは度数低いやつにした。飲みきれなかったら分けよう。なんかこういうの久々だしあんまりないから舞い上がってこんなに買ってきてしまった。」
改めて言われると急に恥ずかしくなった。冷静に言いつつ体が熱くなるのがわかる。相変わらず友達が少ないのががバレてしまう。
「ふふ、わかった。あのさ、料理何品かは作ったんだけど、メイン一緒作ったほうが楽しいかなって思うんだけど一緒作らない?」
「!いいの?でも、自分料理とかしないし全くわからない。」
「だから、一緒にしよ。きっと楽しいよ。まあ、一緒に作るんならお詫びになるかわからないけど。」
今朝、なにか作ろうとキッチンに入って見たものを思い出したが、それについて言い出すことができなかった。
「えーっと、何を作るか発表します。”チキン南蛮”です!」
「わーい、郷土食。」
何もわからない自分と一緒に作ってくれた。油にお肉を投げ込んだときは流石に険しい顔をして首根っこを掴まれた。
ホカホカのチキン南蛮に、予め作っておいてくれたコンソメのスープ。ポテトサラダを机の上に並べたら、冷蔵庫の中からキンキンに冷やされたビールを出した。
カシュッ…いい音をさせてタブを引くと缶をぶつけ合った。
「「いただきます!!」」
まずはチキン南蛮。いい具合に甘酸っぱい酢が染みて衣が柔らかくなっている。揚げたてのために肉汁が出てくる。タルタルソースは定番、梅、ラッキョの3つがある。タルタルソースは自分が机の準備をしている間に仕込んであったものを仕上げてくれていた。具がゴロゴロとしていて歯ごたえがあって、これだけでもおかずになりそうだ。定番のものにはピクルスが入っていて甘いような洋風なしっかりした味がする。少しお腹いっぱいになると梅のタルタルソースをかけて口に運ぶ。さっぱりとしてまた食欲をそそった。梅の酸味がたまらない。らっきょ。これはピクルスに似ているが和風独特の風味で甘いような素材の丁度いい辛さとピクルスとはまた違った歯ごたえが面白い。
美味しい。たまらなくおいしかった。スープでお腹は温められて、ポテトサラダはゴロゴロとしている。
あんなにも食べなくてもいいやと思っていた自分のお箸がここまで進むことに驚いたが、そんなことを気にしている場合ではないくらい,必死に食べていた。噛み締めていた。ふと,視線に気づき相手を見る。こちらをキョトンとお酒で赤くなった頬のまま見ている。
「ごめん,ほとんど自分が食べてるね。」
「いや、君そんなに食べたっけ。学生の頃は自分があげた分しか食べてなかったから気づかなかったのか。それにしても美味しそうに食べてくれるね。」
そして、うつろな目でとろんと笑った。つられて笑ったが、周りにあるお酒の缶を見て驚いた。自分が飲もうと買っておいた9%のお酒のタブが開かれている。
「え、飲んだん?」
「うん、あれ?なんかすごっく酔ってるかも。」
「ほら、水飲んで。」
コップに水をついで相手が飲んでいたお酒とトレードし、お皿に料理を盛った。
「ありがとう。やっぱり美味しそうに食べる顔いいな。」
そんなことを嬉しそうに言いながら、相手は盛り付けられた皿を受け取る。
(この人たらしめ。)
また、心のなかでそうつぶやいて
「君には美味しいって食べてくれる人もういるでしょ。」
とからかうように口にした。
「え、いないけど。」
何を言っているのかわからないといった顔だ。ふう、とため息を付いてもう考えるのをやめた。沢山食べて、沢山飲んで夜が更けて寝た。相手がベッドで自分がお客様用の布団だ。あまり使われていないであろうその布団は少し硬くてなかなか寝付けなかった。でも、お腹も心も満たされていた。

カチャカチャと食器がかすれる音と、鮭の焼けるいい香りで目が覚めた。
ガバッ!!!
自分の家ではないことを今思い出した。
「あ、おはよう。」
そう言ったのは今寝ている部屋の主だ。手には味噌汁の2つ乗ったお盆を持っている。
「何…。」
「ああ、朝ごはん。食べれる?」
「うん、起きる。」
寝ぼけ眼で席につく。
(ああ、幸せだ。)
朝とお昼の間の時間がゆっくりと時間が流れる。お味噌汁がしみた。
「こんな風に朝が続いたら幸せだよな。なにか辛いことがあっても一週間のどこかでこんなご飯が食べれたらきっと頑張れるよ。」
鮭のパリパリの皮が身を切り分けるとき音を立てた。
「あれ、いま自分。声出てた?」
自分が言葉にしたそれが恥ずかしくてそのまま、鮭を見るようにうつむいた。顔が熱くなってくるのがわかる。きっと今自分は真っ赤なのだろう。
「うん。あのさ、やっぱり「美味しい」って一番側で食べてくれるのは君がいい。親とか、兄弟とか友達とかそれに他にも…美味しいって食べてくれたよ。でもね、やっぱり君がいいんだって思った。」
慌てて顔を上げ、相手を見ると顔がこわばっていた。耳は赤い。
「え、いや、だって君パートナーいるでしょう。昨日だってお皿2つ分あったし。」
言うつもりがなかったことまで口にしてしまい、すぐに後悔した。
「皿…?昨日も言ってたけど、そのことか。お兄ちゃんやね。」
「お兄ちゃん?」
「覚えてない?お兄ちゃん彼女に振られて落ち込んでこの前泊まってたの。」
ため息が出る。もやもやが一気に晴れた。
「あのさ、さっき言ったこと、本当のことだし、口説いてます。ずっと会ってなくていきなりこんな事言うのは、失礼かもしれないし、君にパートナーがいるのならただの友達からの言葉ってことで忘れてほしい。」

いきなりそんなことを言われて、こんな明らかな口説き文句を言われて驚いているはずなのに、体の芯から温かくなっていく。
「胃袋を掴まれるってこういう事を言うんだろうね。まだ、よくわからない。口説いてるって言うのも口説かれる理由も。だけど、自分も君のご飯が恋しくて仕方なかったみたいで、。今は離れているけれど毎日君と同じものを食べれるよう少し頑張ってみる。それに、食べるだけじゃなくて一緒に作りたいと思った。だから、わがままかもしれないけど待っててほしい。」
「うん。もちろん。」

「はい、コーヒー。」
「デザート棚の中にあるよ。」
「君のも持ってきた。」
「わっ、ありがとう。」
二つ並んだ机、パソコンのカチカチとなるキーボードの音。そして、マウスの音。部屋はとても静かで、だからこそ音が響く。優しく香るコーヒーの香りが部屋の中を包みこんだ。皿の上に乗ったクッキーはチョコチップだ。そういえば昨日クライアントとの打ち合わせから帰ってきた時にほのかにバニラとチョコが香っていたなあ。と椅子を船漕ぎさせながら思い出す。隣から「コケるよ、君そうやってして何回も昔こけたでしょ。」と呆れたように言われる。   
お昼の3時、時間がゆっくり流れていく。会社に勤めていた時あんなに常に焦って一人で頑張らなくてはいけないと自分は一人きりなんだと思い切っていたことが懐かしい。でもそんなことなどとうの昔に置いてきた。 どうしたらこの人とご飯を食べていけるだろうか。今はそれだけ考えることとしよう。だって、食欲には負けるから。


イラスト・文章:植陽助(chiosuke)
レシピは以下から。⬇


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