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「AC4」の革命

今月末に約10年ぶりに発売される「AC6」が、これまでのシリーズとは比較にならないほどの変化を見せている。
以前の記事にも書いたように、シリーズ通して数多くの変革を辿ってきたことで、「アーマード・コア」を「アーマード・コア」たらしめている要素は、実は少ない
そのためファンの中でもシリーズ中では好き嫌いが分かれることが多い。
そんな中で一際人気なのが4系と呼ばれる2006年に発売された系統だ。
何故そこまで受け入れられたのか。
個人的には4系の入り口となる「アーマード・コア4」が起こした、従来シリーズからの革新によるものだと考えている



アーマード・コアという作品群について

2023年で26周年となる「アーマード・コア」シリーズの基本的な概念としてあるのが、企業の存在。
メカカスタマイズというジャンルのとおり、多様なパーツにはそれぞれ製造元となる企業が存在し、その企業が国家に変わって世界経済(紛争)を支えているというのがお決まりのプロローグ。
国家に変わって企業が統治するプロセスは大災害や戦争といったカタストロフによって国としての機能が失われた・・・というのがお馴染み。

そこで繰り広げられる企業間の勢力争いの中で活躍しているのが「アーマード・コア(AC)」と呼ばれる人型汎用兵器。
この「AC」には胴体にあたる部分(通称コア)を中心に腕や脚、頭を自由に組み替えることが可能で、あらゆる状況下で活躍できる汎用性を持っているのが特徴。その「AC」を使って傭兵活動しているのが主人公である。
この基本構図はこれまでのシリーズでほとんど変わっていない。メカカスタマイズという部分を維持するために非常に便利な設定であったというのは、そう間違っていないであろう。

この凝り固まった設定の上で繰り広げられる物語は、
内側、つまり主人公の周辺に限定された物語ではなく、
外側である企業が統治する世界情勢のほうを重点的に描かれることが多い。
それはこのシリーズには「主人公=プレイヤー」という形式であるが故に、主人公を没個性の存在にしなければならなかった制約があったからと言える。


2006年という時間

現フロムソフトウェア代表取締役である宮崎英高氏が最初にディレクターを任されたのが「アーマード・コア4(AC4)」だった。
入社2年ほどで任された大役という、傍から見れば異例の抜擢に見えるが、
直前の2005年に発売された「ラストレイヴン」のディレクターを務めた武村大氏に至ってはロボットゲーム自体に懐疑的ながらも引き受けた経緯もあり、この時代、異様な開発環境であったことが垣間見える。
(その更に前には「デモンエクスマキナ」の佃健一郎氏が退社していたりと、当時は混乱していた可能性がある)

ディレクター志望で入社し、2006年12月に発売された「AC4」でディレクターを務めた宮崎氏だったが、シリーズ最新作は当時の次世代機PS3/Xbox360だったこともあり、よほど苦労したのか、出来上がった作品は未完成な部分が多く見られた。
特にPS3版に至ってはその特異な内部構造によってかなり不安定なものとなっており、映像の乱れや音声が正しく再生されないなどの多数の部分で問題を抱える結果となった。

オンラインが実装され新境地となるものだったが、実際にはかなりの苦労と妥協を持って世に出された作品が「AC4」だった。



架空戦記

難産となった「AC4」だが、従来作品とは違い現実世界を模した世界観を採用し、
登場企業も大幅に増やしたうえで、各企業毎の土地や民族、グループ体制をふんだんに取り入れた政治劇を演出し、シリーズの中でも特に重厚なイメージが強い
北アフリカにおける反体制組織や民族間の問題で対立構造にある企業、そして新技術により躍進する新興企業と後退を余儀なくされるかつての巨大企業といった複雑な情勢は、過激化しない一定のラインを守る"平和的な争い"によって均衡を維持する。
企業同士を直接攻撃し合うのではなく、テロリストないし傭兵といった代理を使うことでそれを保つ。表向きは睨み合いながら裏では攻撃している。

「AC4」ではシリーズお馴染みの国家が失われた出来事を文字通り「国家解体戦争」としており、
国に代わって支配者になった企業達は、国という管理者を失った資源を再分配し、企業間の経済戦争をもって世界を保とうとする。作中では「パックスエコノミカ」なる言葉も出てくる。

大規模戦争、それも国家という概念が無くなるほどの戦争を経てから始まる企業間の冷戦構造と代理戦争。この作品が現実世界を模していることもあいまってか、第二次世界大戦後の米ロ冷戦を彷彿とさせる
(作中では「砂漠の狼」という、「砂漠の狐」からとった異名を持つ人物も登場したりする)
特に「国家解体戦争」が新技術をふんだんに使った最新兵器「ネクストAC」によって壊滅させられたことや、その新技術であるコジマ粒子が人体に影響を及ぼすものであるということもあって、核兵器をイメージしたものにも見える。



冷戦から世界大戦へという「if」

現実世界では1991年にソビエト連邦の崩壊によって冷戦が終結されたとしているが、「AC4」の場合、冷戦は世界大戦へと歩みを進めてしまう
物語の中盤あたりで起きる「リンクス戦争」は、今まで守られてきた冷戦構造を「ネクストAC」による直接攻撃によって火蓋が切って落とされる。
先述した「ネクストAC」のイメージを借りるとすれば、それは冷戦下で危惧された「核戦争」と同義であるようにも。

第二次世界大戦後の核兵器開発競争。
「国家解体戦争」後の「ネクストAC」の発展、プロトタイプネクストの研究と開発、そして頓挫。
広島、長崎に落とされた原爆の開発者でありながら、戦後に核兵器反対の姿勢をとった「オッペンハイマー」。
「AC4」において「ネクストAC」には欠かせない技術の第一人者でありプロトタイプネクストを計画していた父をもつヒロイン「フィオナ」はこうも語っていた。

企業の利害とか、政治なんて関係なく、
ただ、自分たちの研究が愛しかったのかもしれない
それがどんなに、危険なものでも・・・なんとなくだけど、そう思う
父も、同じだったから・・・

ミッション18 INTERNAL PURGE クリア後

冷戦下における核開発競争で翻弄される科学者達の、常人には理解しがたい欲望と後悔も、「AC4」では描いているのかもしれない。



ヒロイックストーリー

世界観の重厚さもシリーズの中では目を見張るものでもある一方で、主人公とヒロイン「フィオナ」の視点から見た、非常に狭いパーソナルな物語に終始しているのも特徴的。
先述したような企業間の政治的関わり合いは普通にプレイしていると気付かない。あくまでプレイヤーはあの世界のあの時代、あの状況下でアナトリアの傭兵として生きていくことのみを見据えて戦場を駆ける。
"伝説的な傭兵"というバッググラウンドを抱えたうえで、再び戦場へ舞い戻り、かつて伝説と呼ばれた異名を蘇らせる物語でもあるが、主人公が活躍すればするほど、混迷していく情勢に翻弄されていくことになり、やがてその状況の表舞台に引きずり出される

このシリーズでは情勢における異端を表す言葉が度々登場する。
「イレギュラー」や「ドミナント」と作品毎に呼び名は違うが、過去作品と違うのは主人公あるいは「フィオナ」によって、物語上の目的が最終的に戦争の早期終結に尽力することと明示されている。
それまでのシリーズでは傭兵活動の一環のうちにあれよあれよと世界を揺るがす存在へとなっていることが多く、その結末が混沌を生み出すことであってもあまり言及はされてこなかった。
戦争の早期終結という"偽善めいた目的"を抱えた主人公は、最終的に英雄となる。

しかしながら、シリーズ共通して描かれる社会を脅かす異物に対する自浄作用が、この「AC4」の中でも描かれる。



次世代の表現

2006年にPS3やXbox360がデビュー。
今まで従来作品をやってこなかった新規プレイヤーの参入もさることながら、シリーズプレイヤーから見ても新しいACを提供する試みがあった。
ひとつはシステムの大幅改変。
瞬間的に加速するクイックブーストや、被弾によって防御力が低下していくプライマルアーマーなどの新要素を取り入れたり、昨今では当たり前のスティックによる視点操作などが本格的に導入された。
もうひとつはメディアミックスの展開。
「AC4」の世界観を補完する小説やブログ形式の連載などによって、シリーズの新生を印象付けた。

新生を表すものとして強烈だったのは初報トレイラーにおける、見知ったAC達が「ネクストAC」によって手も足も出ずに駆逐される映像だ。
初期企画名「Projeckt Force」の名の通り、その強大な力を持った新たなACを主役にすることで、従来作品からの脱却あるいは生まれ変わりを示唆させるものとして印象に残るものになった。



ロールプレイするために

新たなハードにおける新たな「アーマード・コア」の表現。
物語における、主人公がかつて名を馳せたレイヴン(ACに乗り傭兵活動を行う人間の総称)だったという設定も、過去作からの変化を表現するひとつ。
特に前作「ラストレイヴン」をやり込んだ人はPS2最後のACに相応しく「レイヴンとは何か」を再定義した締めくくりを迎えたが故に、装い新たに登場した「AC4」にてレイヴンという輝かしい勲章が脆くも失ったところからスタートする構図はなかなかにショッキングだ。

その主人公を救った「アナトリア」と呼ばれるコロニーに住まう人々。
「ネクストAC」における技術の拠点でもあったそこで主人公を介抱した「フィオナ」と、アナトリアの政治を担う「エミール」の目論見から物語が始まる。
実のところヒロインにあたる「フィオナ」の存在に関しては物語上それほど重要な立場でもない。オペレータとしての役目を担ってくれる彼女だが、物語を動かす外界との接点を作り出しているのは「エミール」のほうだ。

しかし献身的な「フィオナ」の言動や、世界情勢に対する極々一般的な見方など、一般市民目線に近い人物というのはこれまでのシリーズにはほぼいなかった
彼女の存在によって、従来作にはあまり描かれなかった企業や傭兵の中ではない視点から見た世界をプレイヤーに感じさせることが出来る
それによって主人公の行動の意味とプレイヤーの意志が比較的同調しやすいものになっている。

他にも「ネクストAC」の稼働による汚染を考慮したミッションも多数用意されており、
争いに参加しない一般人たちの世界との繋がりを強調させる。



戦う理由付け

プレイヤーはゲームをプレイする以外の意志は存在しないのは当たり前。それを物語という形をとってプレイヤーにゲーム内における理由づけを見出してもらうというのが一般的なゲームだ。
しかし不特定多数のプレイヤーに物語上共通した“プレイする理由”を見出してもらうには、物語の中で主人公が言動なり行動なりで意志表明しなければ伝わりづらい。それは同時にプレイヤーに「こうしてください」と理由を押し付けているということにもなる
逆に主人公が喋らず、バックストーリーも無ければ、主人公とプレイヤーの意志の同一化しやすく、ロールプレイとしての深度が増す効果にもなるが、それをするには相当難しい。
物語の中でなんの説明も示唆もされずに主人公の行動だけを演じるだけではプレイヤーは淡白な物語として作品を消化する。主人公が何を思い、どういう決断を下したか作品内で表明しないから
従来作はまさにその淡白な物語としての印象が強かった。なんとなく依頼をこなし、なんとなく世界の均衡を壊してしまうものとして。

物語を作るためには主人公の確立した意志が必要だが、同時にそれはロールプレイが弱くなる

「AC4」は主人公の性別まで判明しているほど、シリーズでは数少ない個性がある主人公である。
発売当初はごく僅かながらこの個性の着色に対して不満を述べる人もいたぐらいに「AC4」は従来作よりもドラマチックなものであった
ただ、この性別に関してはユーザーにヒロイン「フィオナ」との関係をより強調させるために意図して男という設定にしたというのも考えられる。
明言はされていないが、親密な関係、言うなれば恋仲であったように想像しやすいようにと。
現代の観点からすれば「AC4」の主人公が男でないといけない理由は無い。ジェンダーがそれほど注目されていなかった時代であるが故の産物だったかもしれないが、「フィオナ」の(シリーズとしては珍しい)献身的な言動等によって生まれる彼女に対するプレイヤーの感情が、そのまま主人公が戦う理由に繋がる効果を生み出していると言っていい。



初期の宮崎英高作品と「AC6」

主人公とヒロイン「フィオナ」との関係を物語の主なところとして置いたことにより、従来作よりもプレイヤーは人間ドラマとしての「アーマード・コア」を体験することができた一方で、ロールプレイとしての要素は犠牲になった
(続編ではマルチエンディングを採用したことにより、そのロールプレイをテーマに置いた物語になった。)

「AC4」でディレクターを務めた後、続編「ACfA」の途中でリメイクもされた「デモンズソウル」の開発に映った宮崎英高氏は、その後「ダークソウル」「エルデンリング」とディレクターを務めたが、
「AC4」がそうだったように、彼が生み出す作品は必ず、あの世界で生きている者達の物語として完結する
人工知能や管理者といった第三者からなる無機質な意志によって牛耳られた世界を描いてきた従来作よりも、極めて人間性あふれる物語として珍しい「アーマード・コア」になった「AC4」。

そして10年ぶりの新作「アーマード・コアⅥ」では、主人公は感情がほぼ失われてしまった強化人間として、「ハンドラー・ウォルター」なる人物に使役されている境遇になっているという。
ストリートレーラーならびにインタビューにおいて、今回のプレイヤーもまた"主人公=プレイヤー"というロールプレイを強調させているものとして、容姿に限らず戦う理由さえも他者から貰い受けたものでしかない
従来では作品側が主人公の感情をプレイヤーに表現して見せていたが、今回の新作ではその真逆として、主人公よりプレイヤーのほうが感情がある構図になっている
インタビューではマルチエンディングを採用していることが判明しており、その分岐を選択する行為には少なからず感情というものが必要になってくる


人間性溢れる物語だった「AC4」。
間もなく発売される「AC6」もまた、17年前同様に変革を齎す作品であり、
そして今度はプレイヤーが主人公に感情を与え、物語の分岐を選ばなければならない
せめて人間らしく、選び取る。その行く末を見るための時間はあと僅か。

(今回オールドSFが題材ということで、ブレードランナーやDUNEといったところから題材を持ってきている可能性がある)
(特に強化人間の主人公の没人間性なところは、ブレードランナーのレプリカントの葛藤から物語を描き出す可能性もある・・・)

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