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100日後に散る百合 - 64日目


「立てた策略、生レバとタン、マルクスまたは生みの母」

「違うよ」

「え!?」

咲季の指摘に、有羽栄奈が素っ頓狂な声を出す。

「逆によくそんなに驚けるな。本当に今までそう信じてきたの?ロックじゃないね」

雁間静のロックに対する基準が分からない。

「信じてたよ!ウチは純粋無垢な少女なんや!」

「正しくは、”立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花”なのです」

チョココロネをもそもそと食べながら、詁山つくしちゃんが訂正する。

「縦の縮尺」

「違うのです」

「砂肝ごはん」

「違うよ」

「アルプスじゃなきゃ由比ケ浜」

「違うぞ」

わざと言ってんだろ。

「あはは。栄奈ちゃんって、そういうの多くない? 覚え間違いとか」

「…………咲季も人のこと言えないでしょ」

私から指摘する。

「え? そう?」

「三人称単数現在のこと、何て言うっけ?」

「三元豚」

「違う」

「あ、サムゲタン」

「違う」


そんな会話をする昼休み。

何でか知らないが、このメンツで、教室でご飯を食べている。

「…………チョココロネにあって、メロンパンにない」

つくしちゃんを見てだろうか、急に有羽がそんなことを言う。

「なんの話なのです?」

「いや、昨日YouTubeで見たの。あるなしクイズみたいなやつ」

有羽が名前を出したのは、クイズの企画動画をよく投稿しているYouTuberだった。さすがの私も名前くらいは知っている。

「他のヒントはないの?」

咲季は興味津々のようだ。こういうの好きなんだろうか。

「んーとね、”窓にあって扉にない”、”人間にあってロボットにない”、だったかな?」


あるなし1


メロンパンのことは風薇に聞いたら分かるだろうか?ロボットのことは、璃玖に聞けば分かるだろうか?

「答えは?」

雁間が言う。ちょっとは考えろよ。

「今週の分は、来週の動画が公開されるまで正解出ないんだよねー」

「ふーん、ロックじゃん」

どこがだよ。

「むむむ……分からないのです。萌花さんは分かりますか?」

「んー、私、こういうのそんなに得意じゃないし」

自慢ではないが、私はこのメンツの中では一番成績が良い。

「そうですか、萌花さんでも難しいのですか」

なんとなく、咲季から視線を感じた。つくしちゃんが”萌花”と呼んでいることに少し抵抗があるのかもしれない。友達を増やすように仕向けたのはそっちだろうに。

「他の問題ないの? 傾向を掴んだ方が分かりやすいと思う」

「おー、さすが金子っち!頭良さそうな意見!」

「…………」

咲季はまた意味ありげな目線で、私と有羽を交互に見遣った。私が他人から褒められるのは不服だろうか?

「金子さん、ロックだね」

どこがだよ。

「あー、あったあった」

有羽がスマホの画面を見せてくる。


あるなし2


「これと」


あるなし4


「これと」


あるなし2


「これ」

3問見せられたが、ぱっと見で解けるようなものではない。

こういうのは多分ひらめきがものを言うので、知識とか論理的思考とかは当てにならないだろう。別に私は博識でもなんでもないが。

「……………………」

みんなご飯そっちのけで考え込んでしまっている。

エレベーターって、私は普段使わないからなあ。ひょっとすると、咲季のマンションで乗ったのが一番最近かもしれない。

囲碁にあって、将棋にない。将棋に”ある”だったら、ヒントになることもあったかもしれないが、囲碁の知識なんて全然ないからなあ。璃玖は囲碁もやったことあるのだろうか。

自分に一番馴染み深いのは、フレンチとイタリアンかな。フレンチにあって、イタリアンにない料理ってなんだろう。

「…………」

私もクイズが得意ではないとはいえ、自力で解いてすっきりしたい気持ちはある。どっかの負けず嫌いちゃんほどではないが。

あと、ここは咲季にかっこいい所を見せたかったりもする。「萌花、すごいね!」って言ってもらいたい欲がない訳ではない。

「……」

けど、ちっとも分からない。

まあ、こんな一般JKがものの数分で答えられるようなものではないと思う。

諦めるかー。

自然と力の入っていた背筋を緩める。

「萌花、分かったの?」

「ううん、諦めた」

「早くない?」

「咲季は早く食べなよ、昼休み終わっちゃうよ?」

「ああ、うん」

すると、咲季が箸を手にするのを見ながら、

「ていうか、2人って、いつからそんなに仲良くなったの?」

有羽に聞かれた。

「委員会が一緒だからね」

咲季が答える。

「お互いに本とか好きだったのもあるし」

「そっかー。でも、金子っちって、全然咲季と話してるイメージなかったから、なんか意外」

「ああ、うん、そうだね…………」

私は微妙な返答しかできず、やや空気が淀む。でも、なんとしても付き合っていることは隠さないといけない。

「それ、萌花さんが作ったのですよね?」

つくしちゃんに話を振られる。

「え?なにが?」

「咲季さんの、お弁当なのです」

「なにそれ、いいなー」

「は? え、えと、何で知ってるの!?」

咲季にはこっそり渡したつもりだったのだが。

「萌花さんが朝来た時に、お弁当箱2つ持ってるの見たのです!」

「ああ、いや、えと」

やばい。

どうしよう。どうしよう。咲季!!

「うん、作ってもらった」

えー!!認めちゃうの!?

いやまあ、でも妥当か!?

「萌花から料理得意って話聞いて、せっかくだからと思って作ってもらった」

「ふーん、ロックじゃん」

どこがだよ。

「いいねー、そういうの。ウチ、料理上手な子って憧れるなあ」

「うん。美味しいよ、萌花」

咲季に微笑まれ、私はぎこちない笑顔を作っていた。

「お弁当作ってもらうの、いいですね。まるで、新婚さんみたいなのです」

「…………」

「…………」

カラン。

咲季が箸を落とした。

「……………洗ってくるね」

教室を出る咲季を見送る。

ちょっと顔が赤かった気がする。

って、私も何を動揺してるんだ。

確かに、お弁当を作るのはなんかそういう愛妻弁当的なあれがあるけれど、それはつくしちゃんが単純にそういうイメージを持ってから言っただけであって、私たちの関係性についてどうこう言っているわけではないのだから、だからその、あれだ。落ち着け。

「た、ただいま」

咲季が帰って来た。

「おかえり」と言いかけようとして、やめた。

本当にそれじゃあ夫婦みたいになってしまうと思ったから。

新婚生活か…………………………

………………

咲季「ただいま」

萌花「おかえりなさい!」

咲季「今日のお弁当も美味しかったよ」

萌花「ありがとう」

咲季「ほら、萌花」

萌花「なに?」

咲季「とぼけないで。ただいまのキス、して?」

萌花「あ、うん……」

キス。

キス。

キス。

キス。

キス。

「分かった!キスだ!!」

「~~~~~~!?!?!?」

有羽が突然叫ぶ。

「キスだ!キスだよ!!」

「栄奈さん、急に大声出さないでください。びっくりするのです」

「何がキスなの? ロック?」

「答えだよ、あるなしクイズの答え!!最後のやつ!!」

「ええ、本当!?」

咲季がキラキラした目をしている。くっそー、私がひらめきたかった。

「えっとね、”奇数(きすう)”にはキスがあって、魚のキスは海にいて、イタリアンキスはないけど、フレンチキスならある!!つまり、キスが答えだー!!」

「ふーん、ロックじゃん」

「お見事なのです!」

「栄奈ちゃん、すごいね」

「ウチ、天才かもしれん!!」

くそ、悔しい。フレンチとイタリアンは料理の話ではなかったか。

「これで、なんとなく傾向も分かったってもんよ!」

「じゃあ、他の問題も分かったの?」

「いや、全然」

ずこー。

「なら、わたし、力になりそうな人を知っているのです!」

うちのクラスで秀才な人って、誰かいたかな。

つくしちゃんが軽く体の向きを変える。

その視線の先は、私の隣の席、ギャル子だった。時たまつるんでいるらしいギャル仲間、大神縫衣と羊甘亜豆と駄弁っている。

ええ、なんで? やめときなよ、つくしちゃん!危ないよ!

「あの、鍵屋さん…………」

つくしちゃんが恐る恐るといった様子で、声をかける。

そりゃあ、ギャル子が意外と頭良いことは昨日分かったけど、だからってなんでギャル子に。

「…………」

そして、当のギャル子はつくしちゃんを見つめたまま、

「はぁ」

ため息をついた。

そして、

本当に小さな声だったのだが、

「話しかけんな」

そう言っていた。

咲季も、有羽も雁間も、何も気にしていないので、多分、私とつくしちゃんにしか聞こえていない。

なんなの?

いや、「話しかけんな」ってなんだよ。つくしちゃんが何でよりによってギャル子に話しかけたのかは分からないけど、それでもそんな風に拒絶することないだろ。

「あわわ、えと、ごめん、なさい…………」

つくしちゃんは、か細く、どこか泣きそうな声だった。

なにか、言うべきか。

つくしちゃんに言うか?

ギャル子に言うか?

なにを?

なんて言ったらいい?

この私が、なんて言えばいい?

「やっぱり、なんでもないのです!」

つくしちゃんは私たちの方に向き直って、健気に言った。

私は、こういう時に無力だよな。



#100日後に散る百合


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