短編百合「バイバイガールズ」


「いつまで手、繋いでるの」

指と指を絡めた固い結束から目線を上げ、アタシは前にいる名前も知らない少女に問う。

別に嫌なわけではないが、そろそろ手が痛くなってきたのも事実だ。

それに、

「こんなとこ、管理人に見られたら、本当にやばいと思うんだけど?」

「別に、私はどうなってもいい…………」

「”どうなってもいい”って。あんたもっと自分を大切にしなさいよ」

「もう、こんなところにいる時点で、大切もなにもないでしょう」

「アタシが見ていられないの」

「…………そんな風に思ってるなら、じゃあなんでもっと別れを惜しんでくれないの!?」

コンクリートで囲われた冷たい部屋に、声が響く。

月明りしか頼りのない闇の中ででも、彼女が震えているのはよく分かる。

「なんで!?私はすっごく悲しいのに!!あなたは違うの!?私だけなの?こんな気持ちになってるの」

また指がきつく締め付けられる。

「離れたくないの!!私、私は…………また一人になっちゃう…………」

うぅ、うぅ、と声を漏らしながら泣き始めてしまった。

泣き顔は、普段の柔和な微笑からは想像できないほど不細工で、もう何度か見ているけれど、少し面白くもあった。

手に熱い水滴が落ちてきて、少しずつ皮膚に浸透していく。

はー。

今のアタシが欲しいのは、こんなものではないんだけどな。

なんか、だんだん腹が立ってきた。

「あんたは何?自分のために泣いてんの?」

「…………ぇ?」

嗚咽交じりに、か細い返答が来る。

「アタシと離れて、自分が悲しくなるから泣いてるの?」

責める。

「別にアタシの気持ちに寄り添って泣いてるんじゃないんでしょ?」

責める。

「アタシがあんたと気持ちが違うから、それでまた孤独を感じるから、そして実際孤独になってしまうから」

責める。

「自分のために泣いてんでしょ?」

言葉の意味が分かったのか、彼女の不細工な顔がいっそう歪む。唇を噛み、なにかを抑えるように必死になっている。

「あぁぅぅぅぁぁあああ!!!ごめんなざい!ごめんなざいぃぃぃ!!」

腹が立っていた。だから責めた。

なのに、だんだんと加虐心が芽生えてしまったらしく、この表情が見れて満足してしまう自分がいる。

「ぅぅえッ、いぢばんつらいのは、あなたなのにぃっ…………!!!わだし、また、ッッ、自分のごど、ばっかりでぇえ!!!」

泣きじゃくりながら、必死にごめんなさいを続ける彼女が愛おしくてたまらない。

怒りとか、もうどうでもいい。

もっと、もっと、欲しい。

「そうだよ?一番辛いのはアタシなんだよ。だけどあんたを不安にさせたくないから、こうやって平静を装ってたのに。あんたはアタシのこと、結局なーんにも分かってなかったんだ」

半分嘘で、半分本当の言葉を唱える。

自責の念で喚く彼女に近づいて、とっておきの言葉を耳元で囁いてあげる。

「最低だね」

びくびくと彼女が震えだす。

本当に、この女は。

収容所にいる時からそうだ。

「わああああああああ!!!!!!ああぁぁ!!ぁい、、最低でずっ!!わだしは、あなだのこど愛じでるのにぃ!!ごめんなざい!!ごめんなざい!!」

「ほんと、最低」

「あぅぅああああ!!ごめんなざい!!ごめんなざい!!!許してぐだざい!!!」

昔の彼女に何があったのかは知らないが、”最低”と言われると正気ではなくなる。トラウマか何かあるんだろう。

アタシはこうして、彼女が狂う姿を見るのが好きだ。

「最低」

「嫌だぁああ!!!いやいやいやあああああ!!!!見捨てないでぇっえええ!!!!何でも、しますがらぁああッ!!!!許しでっっえええ!!!見捨てないでぐださいっ!!!!うっっううう!!!!」

怯えてる。叫んでる。

繋がれた手には力が入りすぎていて、爪が食い込んでいるのが分かる。出血してるかもしれない。

でももう彼女の姿を見ていると、痛みとかどうでもよくなってしまう。

アタシは興奮してしまったのか、だいぶ頭が機能していない。

「じゃあ、許してほしいなら…………証明して?」

無意識だったが、自分の舌で唇を軽く舐めた。

それを合図にするかのように、彼女はアタシの面前に迫って来た。

「はぁはぁ、ぁっ、分がりましたっ…………んぅっ!!」

唇に、強く押し付けられる。強いのに、その感触は柔らかい。

右手は正面で繋ぎ直され、その感触を確かめるように彼女の左手が蠢いている。

「んぅ、ッ……ぁ」

「ぁ、っちゅ、ん、はぁ、、、んんっ!?」

一瞬、アタシが口を軽く開いた隙間に、彼女の舌が滑り込んでくる。

いつもはもっと、浅めのキスを繰り返すのに。

これが最後のキスになることを知っているから?

「れろ、ぁ、れちゅ、んぅっ、らぁっれろ」

許してもらおうと必死になって、アタシにたっぷりの愛の証を注ぎ込んでくる。

証明しなきゃ証明しなきゃと、とその熱が伝わる。

空いた手で後頭部を支えられ、アタシは逃げる場もなく侵される。

舌全体を激しくなぞられるたびに私は震え、唾液を流されるたびに腰が疼く。

彼女の柔らかく細い舌は口内を這いずり回って、上顎とか歯茎まで満遍なく舐め上げる。

「っっ、ぁらあ、れる、ん、愛して……る、んっ、辛いなら、はあぁっ、あん、我慢、ぁしないで、ぇれ」

許しを請うていたはずのキスが、どんどんアタシへの慰めに変わる。

酸素の薄くなった頭の中に、彼女の甘い声が響く。

「ん、売られるの、ぁっ、怖い、わよね、んんぅ、辛くても、私、のこと、思い出せるように、ん、してあげるからぁ」

さらにキスが激しくなる。

蕩ける。

無防備な心に、彼女の声がするすると入り込んでくる。言葉の意味を理解しているかどうかなんてもう分からないけど、アタシの中でせき止められていた何かは、いとも簡単に崩れていってしまう。

強がりとか、もう分かんない。

「うっ、、、ううううう、あああああ!!怖いぃ……怖いよぉぅ!!!!」

「らいじょうぶ、だから、ん、私のこと、っ、思い出して、、」

粘っこく、熱く。アタシの不安もろとも、彼女の舌に絡めとられる。

少しだけ、それで安心できる自分がいた。

「ぅぅぅぅぅ、ぁ、っ、れちゅ、れら、んっ」

「ぁ、っちゅ、ん、はぁ」

カツン……カツン……

ふと、足音が遠くから聞こえる。

「や、やばい、管理人、んっ、来たぁ、って」

「………知らない、っん!!」

それを言うためだけに口を離して、またキスが再開されてしまう。

こんなところを見つかってしまったら、彼女の身が危ないのに。

「おい!!テメェ、何やってんだ!!!!」

見つかった。

男の怒号が飛び、乱暴にドアが開けられる。

それでもアタシから繋がっていた彼女だが、管理人に引き剥がされる。

「お前、これから買われる商品になにしてくれてんだァ!!!!」

「ぐぁっ!!!」

その場で彼女が蹴られる。

「やめて!!!蹴らないであげて!!!」

「お前は黙ってろ、早くシャワー浴びてこい」

必死に声を上げるが、無駄だった。

もともとボロボロだった彼女は、管理人に蹴られ、殴られ、もっと醜い姿になっていた。

対するアタシは、暴力を振るわれることもなく、静かに促される。

明日売りに出される女だから。

綺麗なままでいる。

まあ、これから汚されていくんだけれど。

騒ぎに駆け付けた別の係員に、シャワーに連れて行かれ、部屋を後にした。

「…………ばいばい」

ぬるいシャワーを浴びながら、彼女に告げられなかった言葉をこぼす。

口の中の熱が冷めることはなく、

中の感触が洗い流されることもなかった。



#百合の日

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?