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5月と街

それまで、街歩きをしたくなれば、味わい尽くすために、フルに使える1日をしっかり用意しなきゃ、損しそうだと思ってた。

休日に早起きできたときに許される、これ以上ない最高な過ごし方、の位置にありながらも、休みの日は眠りを止めたくないから、昼に起きた日には諦めがちだった。

さらに言えば、ふと立ち止まり、ちょっと写真を撮ろうか、さっきのお店が気になってしまうから、急に切り返して後ろに向かってみようか、地図アプリに表示されるコーヒーカップのマークに誘われてる気がするから、イヤホン越しに案内してもらおうか、行きの電車で全曲聴ききれなかった新譜の続きを再生しようか、

街歩きに多くを求めて、勝手な時間を許すのに、1人は自然な形だ。


春では暗くなれなかった17時過ぎに、乗り換えで降りる駅から2、3進んだ各駅停車にしか許されない街が気になった。


1人ではなかった。駅に降りて街に繰り出す前に、待ち合わせをした。

夕方の商店街には、観光気分を忘れて、馴染むことを許してくれて、平日の夜に一杯ひっかける日常があった。

定食屋のテレビが鮮明に思い出せる。サンドウィッチマンと散歩したくなって、それでも手元にはすでに定食が配膳されている。


賑やかさが増していく夜を、我が物顔をして初めて歩く。見つけた10を超える気になる店と、暖簾をくぐった2では、指折りをしても計算が合わないね。

また来ればいいか、次はもっと我が物顔に説得力が増しているだろうか。この街。

自分を甘やかしてご褒美に使わせていただきます。