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プリズム劇場#020「愛がなくても気にならない人」

こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【standfm】
https://stand.fm/episodes/666fa1621f524f423a957e2e
【YouTube】
https://youtu.be/U9ZOmgoZv4Q
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo


「おい、メシはまだか」
 恭平さんはソファに寝転がりながらスマホをいじっている。
「ちょっと止めてよ。汚いじゃない」
「何がだよ」
「足を乗せないでって言ってるの」
「俺は汚くねぇよ」
「足は誰だって汚いの」
「ちっ、いちいちうるせぇな。それよりメシは?」
「知らないわよ。自分で何とかしてよ」
「はぁ!? それでも女かよ!」
「あたしはあんたの女房じゃないのよ!」
 全く困ったものだ。まさかこの歳になって不倫相手が転がり込んでくるなんて。
「奥さんとは話がついたの?」
「つかねぇよ! あいつ、今までの恩を忘れやがって」
 正直、奥さんには同情する。この人は金払いもよかったし、遊ぶにはちょうどよかったけど、正直結婚したいと思ったことは一度もなかった。
「お前も訴えられたんだろ?」
「私はもうサクッと慰謝料払ったから」
 私がおどけてみせると恭平さんは目を見開いて驚いた。
「お前、信子にいくら払ったんだ」
「500万」
「ご、ごひゃく……!?」
 正直向こうもふっかけたつもりだったのだろうが、言われた額を満額ポンッと支払った。いつかこんな日が来るとわかっていたし、正直40年間にこの人は私に500万以上使っているし、何より就職から定年まで勤め上げた会社の創業者一族だ。この会社のおかげで私はお金の心配をせずここまで暮らしてこれた。
 だからケチなことはしたくなかった。
「まあ、美智子がそんな大金払えるくらい余裕があるなら安泰だな」
 恭平さんはそう言うと、またソファに寝転がろうとした。
「何言ってんの?」
「何って、これからの話だよ」
「これから? 私達にこれからなんてあるわけないじゃない」
「は?」
「離婚もドロドロにもめてるみたいだし、3ヶ月はいさせてあげる。でもその後は出てってちょうだい」
「なんでだよ」
「だって、私はあなたの奥さんじゃないから」
「ずっと付き合ってきたじゃねぇか」
「遊びでね」
「遊び?」
「恭平さんだってそうでしょ? 私達は都合良く遊んでいただけ。本気だったらもっと若い頃に結婚を迫っていたわ」
「お前」
「私はね、あなたの老後を面倒見る気なんてないの。これからは悠々自適に暮らしたいの。だから面倒な結婚なんてせずにここまできたの。わかる?」
「お前、今まで俺がどれだけお前に金使ったと思ってるんだ」
「その代わり遊んであげたじゃない。都合のいい時に都合のいい女やってあげたじゃない。他に何人女がいようと何も言わなかったじゃない」
「それはお前が俺に惚れてたからだろ!」
「あっはははは」
「何がおかしい?」
「まあね、そうね、そういうおバカさんなところが好きよ。それは本当。でもバカな男は一生をともにする価値はないわ」
「何だと?」
「奥様は賢明だわ。損切りが上手。流石会長の娘」
「さっきっから好き勝手言いやがって!」
「気に入らないなら出て行きなさい。他に女がいるんでしょ? 若くて可愛い女のところへ行けばいいじゃない」
「ああそうしてやるよ! 言われなくてもな!」

 恭平さんはボストンバッグ一つ持って出て行った。40年付き合った男との別れはあっけなかった。まあと言っても、所詮は浮気だ。私だって本気じゃなかった。だから40年も続いたのだ。
 高卒で入った会社にやって来たピカピカのお婿さんだった。東京からやって来たってだけで素敵に見えた。2人で食事に誘われた時は戸惑ったが、好奇心が勝った。いけないことだとわかってた。いけないことをしている自分が好きだった。
 いつか、奥さんに見つかって訴えられるかもしれない。そうしたら、求められた全額払おう。それが私なりのけじめだった。

「引っ越すの?」
「そう。介護付きマンションに引っ越そうと思って」
「でもお姉ちゃんまだ介護が必要な歳じゃないでしょう?」
「そうなんだけどさ、花純と違って独り身だし」
「だったら東京の方へ来てよ。そしたらしょっちゅう会えるじゃない」
「東京? この歳で?」
「東京の近くでいいのよ。千葉とか埼玉とか神奈川とか」
「こんな田舎者が今更東京なんて」
「いいじゃない。健太にも言っておくから」
「なんで健ちゃんに言うのよ」
「健太気にしてたよ。美智子おばちゃんの面倒って結局俺が見るんだろって」
「いいわよ、そんなの。ずっと貯金もしてきたんだから」
「じゃあ将来私達、姉妹で同じ老人ホーム入りましょう! そしたら健太も楽だし、きっと楽しいでしょ?」
 同じ家庭で産まれ、堅実な人生を歩んだ妹と、人生の殆どを不倫に費やした姉が最後の時間をともに過ごす。なんて滑稽な話だろうと思ったけれど、案外悪くないかもしれないと思った。

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