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プリズム劇場#017「台所から延長コードを伸ばす人」

こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【standfm】
https://stand.fm/episodes/6640979e56c8712271a5af2e
【YouTube】
https://youtu.be/OpgJOCz_eeQ
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo


   SE ご飯が炊き上がった合図の音
 
元木芽依(21)「よーし、できたぞ」
 
芽依M「私は炊飯器の蓋を開け、炊き上がったピカピカのお米の匂いを嗅いだ。うん、いい匂いだ」
 
   SE 時計の秒針の音
 
芽依M「ローテーブルに乗せたおかずにはラップがかかっている。私は大きなあくびを一つした。時計は12時を回った。スマホで「ショウゴ」とのメッセージ欄を見る。私の『今どこ? 何時に帰るの?』と言うメッセージは未だに未読のままだ」
 
   SE 玄関の開く音
 
勝浦章吾(35)「ただいま~」
芽依「お帰りなさい! 」
 
芽依M「章吾はローテーブルに乗ったおかずを見て」
 
勝浦「どうしたの? これ」
 
芽依M「と言った」
 
芽依「夕飯。食べてないでしょ?」
 
芽依M「そう言うと章吾は驚いた顔をして」
 
勝浦「食べたに決まってるだろ。稽古帰りだぞ。飲んで来るに決まってるじゃないか。俺もう寝るから」
 
芽依M「そう言うと章吾は、シャワーも浴びず、歯も磨かず、ズボンだけ履き替えてベッドに入った。私は皿に乗ったおかずを三角コーナーに捨て、皿を流し台に入れた」
 
勝浦「明るくて眠れねぇよ。芽依も早く寝ろ」
芽依「……はい」
 
芽依M「電気を消して私はそっとお風呂場へ行った。音に気をつけながらシャワーを浴び、歯を磨いた。キッチンから延長コードを伸ばし、玄関でドライヤーをかけた。ワンルームで二人暮らしは本当に気を遣う。ベッドに入る前、スマホを見ると午前1時を過ぎていた。タイマーを6時にセットしてベッドに入る。章吾が寝返りを打ち、私を抱きしめる。臭い。章吾が章吾の口からお酒と煙草の臭いがし、体からは鼻の奥を攻撃してくるような過激な臭いがした。私はもぞもぞと動き、なんとか章吾の腕から逃げ出して、床で毛布にくるまった」
 
   SE いびきの音
 
芽依M「ああ、そうだ。この人は14歳年上のおっさんなのだ」
 
   SE 複数人がキーボードを打つ音
 
芽依「はい、お電話ありがとうございます。ソノダ引っ越しセンターカスタマールーム元木でございます」
 
芽依M「その日もひたすら知らない人で電話をした。朝の9時から18時まで、お客様からの問い合わせを伺い続ける。最初は何を聞かれても答えられなかった。マニュアルがあっても一瞬では覚えられないので、「えーとえーと」を連発してお客様に怒られた。「少々お待ちください」と言って先輩に聞いても「マニュアルに書いてある」としか言われず、マニュアルを読み直している間に電話が切れていることも多かった。それでも、何とか1年がんばってきた」
 
川田梨乃(37)「芽依ちゃんは最近お芝居出てないの?」
 
芽依M「お弁当のキャラクターもののポテトを箸でつまみながら川田さんが言った」
 
芽依「そうですね。今は彼氏が商業舞台に呼ばれるようになって、勝負時なので、私は支えようと思って」
梨乃「へー。どんな役?」
芽依「アンサンブルです」
梨乃「あんさんぶる?」
芽依「なんて言うか、通行人Aとか、主人公に斬られて死ぬ役とか、そういうの」
梨乃「ふーん。彼氏さんって芽依ちゃんと同世代だっけ?」
芽依「いえ、35歳です」
梨乃「35? 結構年上?」
芽依「14歳年上です」
梨乃「……失礼だけど、彼氏さん年収は?」
芽依「え? 今はバイトもしてないので、100万行くかなってくらいですかね?」
梨乃「じゃあ芽依ちゃんが養ってるの?」
芽依「今は彼が大事な時なので」
梨乃「いやいやいやいやいや!」
 
芽依M「川田さんがあまりに大きな声を出すので私はビクッとしてしまった」
 
梨乃「35歳の男が21歳の女の子に養ってもらうなんて異常だから!」
芽依「今だけですよ。稼げるようになれば」
梨乃「35で斬られて死んでる役者が稼げるようになるわけないでしょ!」
芽依「そんなことないです! そこから売れた人だっています!」
梨乃「何人よ!?」
芽依「何人?」
梨乃「それは、何%の確率でできるの?」
芽依「が、がんばればできます!」
梨乃「この世はね、平等にチャンスなんてやってこないの。どの業界だって才能はあるけど運がなかった人が消えて、才能はそこそこなのに運がよかった人が残ってるなんてことはザラにあるの。だから、どんなに才能があったとしても、駄目だった時の人生を考えとかなくちゃ駄目。芽依ちゃんは一生その彼氏を養う覚悟があるの? 女優やりたいんじゃないの?」
 
芽依M「私は納得が行かなかった」
 
芽依「ふっつーの人生の川田さんには私達の生き方はわからないんですよ!」
 
芽依M「私はそう言ってコンビニのおにぎりを思いっきり口に入れた」
 
梨乃「……そうね。子持ちのパートおばさんに言われても腹立つよね」
 
芽依M「川田さんは少し寂しそうな表情をしながら、キャラクターポテトを口に入れた」
 
芽依M「家に帰ると、部屋には章吾の脱いだ服が散乱していた。ゴミはゴミ箱の横に落ちており、ベッドの掛け布団はグチャグチャだった」
 
芽依「私は、章吾と一緒にいられて幸せなの。彼を支えるのが私の幸せなの」
 
芽依M「そう口にしながら、ムシャクシャして鞄を床に叩きつけた」

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