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子ども時代に出合う本 #16 5~6歳、読書好きになるかどうかの大事な時期

文字が読めるようになっても読み聞かせることが重要


 5~6歳、幼稚園でいえば年長組。小学校の入学を控え、ほとんどのお子さんが文字を読めるようになり、ひらがなでお手紙を書いたりできるようになってきます。
 どんどん文字を覚える時期が早くなっていて、幼稚園年少組の子どもたちの中にも自分で絵本を声に出して読める子どもたちもいます。
  親は、子どもが自分で文字を読めるようになると、読んであげなくてもよくなると思ってしまうのではないでしょうか。
 以前、図書館に勤務していた時にも「本を読んで」と持ってくるお子さんに対して「自分で読めるんだから、自分で読みなさい」と突き放す姿を何度も目にしています。
 そういう会話を聞くたびに、「もう少し、せめて10歳までは読んであげてほしい」と思います。これまで文庫活動を通じて多くの子どもたちに出会ってきましたが、読書好きになって小学校高学年になって重厚な文学を楽しんでいる子どもたちに共通するのが、文字が読めるようになっても読んでもらっていたということだったのです。

 それはなぜなのか。ふたつのポイントがあります。
 まずはじめに、「耳から聴く」という刺激が子どもたちに与える影響です。健常で生まれる場合、ひとは妊娠末期7カ月後半ごろには聴覚が完成しお母さんの声を聞き分ける準備をはじめます。
 正高信男著『0歳児がことばを獲得するとき  行動学からのアプローチ』(中公新書1136 中央公論新社 1993)によると

 心の成長は、母体から産み出されてからとは限らず、もっと以前から始まっている。われわれやニホンザルの声というのは、世の中のさまざまなほかの音に比べると、高さが低いものの部類に属する。母体のなかにいる赤ちゃん。すなわち胎児には、物理的に低い音ほど胎水を通じてよく伝わることがわかっている。おそらく、おなかの中にいるときから、彼らはおかあさんの声を耳にしているのだろう。(p11)

というように、妊娠中から音を聞き取り、脳は刺激を受けているのです。この「耳から聴く」ことが、脳へどのような影響を与えているか、については脳科学の分野で次々明らかにされています。

 アメリカ、ワシントン大学のパトリシア・クール教授(Patricia Kuhl,Institute for Learning & Brain Sciences)の研究には、特に赤ちゃんの言語能力について興味深い結果が示されています。

 この研究は2007年に放送されたNHKスペシャル「赤ちゃん 成長の不思議な道のり」(→こちら)でも取り上げられ、また、2010年のTEDでのクール教授のプレゼンテーション「赤ちゃんは語学の天才」は世界中で注目されました。



 また、パトリシア・クール教授の研究に触発された小児人工内耳外科医のダナ・サスキンド教授による2018年の『3000万語の格差 赤ちゃんの脳をつくる、親と保育者の話しかけ』(掛札逸美/訳 高山静子/解説 明石書店)では、豊かなことばの世界を獲得するためには、周囲のおとなからのことばかけが重要であり、またそれには臨界期があるということを示し、出版当時保育関係者や図書館司書の間で話題を集めました。



 このように脳神経学の領域で「耳から聴く」ということ、ことばを覚えていく過程の子どもたちにいかに大切であるかということが明らかにされているのです。

 そして「耳から聴く」という刺激は、ごく幼い赤ちゃんだけでなく、学童期の子どもたちにも大切であるということもわかってきています。

 私の友人でもある森慶子さんが脳科学の観点で読み聞かせについて研究を続けてこられた成果が今年春、ダイアモンドオンラインの記事になりました。
 

 

 この記事の中で、森慶子さんが6歳以上の子どもたちにも読んで聞かせることが大事な理由として以下のように述べていらっしゃいます。

 小学生になると、絵本の読み聞かせをやめる家庭が多いようです。しかし、実は、字が読めるようになっても、最初のころは『逐次(ちくじ)読み』といって、ただ字を拾って読んでいる状態です。
 逐次読みでは、字を追って音にするのに一生懸命で、言葉の意味を捉えたり、イメージを広げることができません。これは、言葉を耳で聞いたときと自分で読むときとでは、脳内で理解するまでのルートが異なるためです。絵本のストーリーを十分に理解して想像力を羽ばたかせるためには、耳で聞いて、脳内にその物語の情景をイメージすることが大切です。

 そして、脳機能イメージング(NIRS:near^infrared spectroscopy)を使って、絵本を自分で読んだときと、読み聞かせを受けたときの脳の活動の様子を計測した結果も、この記事では示されています。


生活の経験を積み重ねること


 もうひとつのポイントは、子どもたちの生活経験の量です。文字が読めるようになると、絵本ではなく文字ばかりの児童書を読んでほしいと思う保護者の方が多いのです。

 図書館で仕事をしていた頃に、やはりよく見かけていたのは、お子さんが絵本を選んでくると「〇〇ちゃん、もう字が読めるんだから、絵本じゃなくてもっと文字の多い本にしたら?」といって、絵本を戻すように指示する保護者の方でした。

 しかし、まだ人生経験の少ない子どもたちにとって、文字情報だけで行間を想像し、物語世界を構築することは難しいのです。なので、小学生になっても、絵本は幼いと取り上げないでほしいのです。子どもは耳でことばを聞きながら絵本の絵を読み、イメージを補完します。それを繰り返しながら、少しずつイメージの世界を広げていくのです。

 生活経験を積んでいくことで、少しずつ文章の行間を読み取れるようになっていきますが、自分で読むという訓練と並行して、おとなが本を読んであげるということが、小学校中学年くらいまではとても大事なのです。

 図書館に行くと「幼年童話」というジャンルがあるのに気が付くと思います。絵本ではなく児童書の形をとっていますが、ページをめくると絵本のように各ページに挿絵があることがわかります。絵が、行間を補い、ひとりで読むのを助けてくれるのです。そのようなひとりで読む力をつけるための「幼年童話」で訓練をしながら、読み聞かせは続けてほしいと思います。

 そうやって小学校低学年のうちは引き続き絵本を読んでもらいながら読解力に必要なイメージする力を身につけ、次第に読んでもらう本を児童文学にシフトしくことをお勧めします。個人差はありますが、小学校1~2年生のころに『長くつしたのピッピ』や『ハイジ』、『ホビットの冒険』などの長編名作を読んで聞かせてもらうことから始めると、小学校4年生になるころには、自分でどんどん読めるようになっていきます。

メタ認知能力を育てる


  前述の森慶子さんの記事には、「絵本の読み聞かせを聞くと、子どもの精神が安定する――これは具体的に、6歳以降の子どもにどのようなメリットをもたらすのだろうか。」という問いに対して、「メタ認知や意欲の向上、読み手への愛着など、脳がリラックスしたことによる効果が明らかになりました。」と回答が出ています。以下、記事の引用です。

 メタ認知とは、自分を客観的に見る(=認知活動を認知する)力のこと。
 物事を認知する力は通常、成長と共に発達していく。たとえば、生まれたばかりの赤ちゃんは「母親と自分は一体」だと思っているが、生後しばらくたつとそうではないことに気づく。そのうちに、周囲からの声かけや読み聞かせを通して、自分と母親のほかにも何かがいることを知り、彼ら自身のなかで社会が広がっていく。
 そのため、小学校1年生くらいまでの子どもは、読み聞かせを聞くことで、自分が主人公になって物語を体験したと感じる。3~4年生ごろになって抽象的思考ができるようになると、主人公と自分を切り分けて、「主人公は〇〇をした。それに対して自分は〇〇と感じている」と一歩引いてみるようになる。
 これがメタ認知で、メタ認知が向上すると、他人の感情に思いをはせ、他人の気持ちを理解することができるようになる。「抽象的思考が求められる発達段階である一方、発達の個人差が顕著になり劣等感を抱きやすいと言われる”9歳の壁”〝10歳の壁”を乗り越えるために、物語の力が大きな助けになるのです」と、森氏は言う。

 
 このメタ認知能力は、集団生活の中で他人との関係構築のためにもとても重要です。また、成長の過程で困難な状況に陥った時に、それをどう乗り越えて行くかという力にもなっていきます。

 そうした力を身につけ育てていくために、読書は大きな効果をもたらします。
 
 しかし、読書をする力は一朝一夕には身につきません。幼い時から、どのような本に出合い、また家庭の中でどのように本を手渡してもらえるかが大きな鍵になるのです。

 小学校中学年で読書力がついているかどうかについては、それまでの読んでもらった本の量の差がそのまま読解力、読書力の差となり、それを積み重ねてこなかった子との大きな分かれ目になっています。もしも、我が子に深い読書ができる人になってほしいと願っているならば、5~6歳の時に文字が読めるようになっても、おとなが読んであげるという習慣を止めないようにしてほしいと切に願います。

 というのも、小学校高学年になって「うちの子、本を読まない」と相談をうけると、決まって小学校にあがるタイミングで読み聞かせを止めているという事例が多く、文庫活動の中でも図書館などで依頼される絵本講座でも、「もっと早くにそのことを知りたかった」と言われるからなのです。

 文字が読めるようになった時にこそ、そのことを知っていてほしいと思います。

 次回は、年長児むけのおすすめの本などを紹介したいと思います。

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