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壊れゆくもの...(2)

ようやく気怠けだるい試験期間が終わった。この程度の学力の評価に何の意味があるのだろう。およそ興味も持てないような暗記にパズルに、思考の浅い問題の群れ。こんなモノができたとて何かしらの価値や意味はあるのだろうか。物知り顔の教師にもうんざりだが、この程度の負荷に耐えられない同世代の脆さにも残念さと異物感が拭えない。加えて多様性だの教育の見直しだの世間が騒ぐ一方で、この学校では相も変わらず廊下の壁に成績順位なんぞを張り出している。何の罰ゲームなのだろう?
「〇〇さん、スゴーい!!」
そう声をあげた女子は隣の友人の腕に抱きつくと、群がった女子達の前で彼女を褒めてみせた。うやらみと嫉妬を混ぜ物にして、でもそんな感情はひた隠す。そして自分には得られない称賛の視線を彼女とともに受けようとする。その目は目の前の彼女を見ているようで、しっかりと周囲の視線を気にしている。気づく度に思う。女子とは全く面倒な生き物だ。

「さち、今回も最上位だね。いつおべんきょしてるん?」
由香は前の授業中ずっと寝ていたせいか、眠い目をしたまま私の横で気怠『けだる』い声で私に話しかけた。由香の目には嫉妬の念もなければ、|羨うらやみすら微塵も感じさせない。『天真爛漫な天然っ子』それが由香に与えられた称号だ。由香には女子にありがちないやらしさを感じさせない、独自の振る舞いや言動がある。でも親密になればなるほど、時折それが仮面であるかのように感じることがある。単純なようで複雑で、分かりやすいようで時に深く考えさせられる。由香と話していると、私のそんな反応を喜んで見ている、そんな風に感じることがある。私が考え込んだり、悩んだりすると、由香はその大きな目を輝かせて顔を覗き込むように頬を寄せるのだ。まるで私の心の中に入り込むのが嬉しくてたまらない、そんな印象を私に抱かせた。

一応女子として生きている私目線で評価しても、由香は綺麗なタイプだ。そして可愛らしさと天然さをも兼ね備えた、いわゆる『敵を作りにくい』タイプだと思う。彼女は通学途中の電車でも、時々他校の男子から声をかけられたり、手紙を受け取ったりもする。それが他の女子が秘かに狙っていた男子ターゲットであれば当然ひと悶着もありそうなものなのだが、彼女は『アリガト、でも良いヒトいるんだ。ゴメンね。』の一言でさり気なくやり過ごして見せた。私は始終彼女と一緒にいるのだが、『良いヒト』の姿も影も見かけた事がない。でも彼女のそんな応対は、勇気を出して近づいた男子を過度に傷つけることもなく、また彼を思う女子には安心と希望を与えた。彼女はそうやってさり気なく振舞いつつも、遺恨を残さず地雷を踏まずうまく生きにくすべを悟っているかのようだった。私は単純な頭の良さとは違う、生きる上での聡明さを彼女の中に感じていた。

由香は見た目とは裏腹に、さほど世のオトコ達に興味を示さない。他人の恋バナには調子を合わせるものの、すぐに飽きてしまい相手に気づかれないようにそっと興味をなくしていた。女子同士で騒ぐのも嫌いではないが、気づけばその中心から離れ、ひとり何かしら考え事に耽るように外を眺めていた。歳の近い兄の話は時々話題にのぼるが、でも他に彼女の胸の中に居場所を見つけられたオトコは皆無だ。興味がない、訳ではないのだろうが、自ら好んでオトコの話をしたがるようなヒトではなかった。

「正直時々、イヤになる。オトコなんてこの世におらんかったらエェのにね…」
ある日のお昼時、窓から景色を眺めながら由香が小さくつぶやくのを聞いたことがある。そのさり気なさに、私はうまく返事もできなかった。小さな言葉は風に乗り、窓の向こうの河川敷の方へとゆらゆらと流れていった。私達は黙ったまま、しばらくその行方を見つめていた。私の中に不安の虫がうごめいているように、彼女の中にも私の知らない闇があるのかも、時折私は彼女の笑顔の裏の顔を想像し、ひとり思いふけっていた。



イラストは、いつものふうちゃんさんです。
いつもありがとうございます。


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