子ども時代の自分の辛抱強さに学ぶ〜雪が降ると思い出すあのころ〜
雪が降ると、シンシンとした風景が見られるので寒いけど綺麗で好きだ。
私は昨年12月に大雪のニュースを見て、ふと思い出した。
小学生の時、朝礼で校長先生の話があった日の授業で、「校長先生の話を聞いて思ったことを書いて、校長先生にお手紙として渡そう。(たぶんそんな感じ)」ということになった。
白い紙が配られて、皆が一斉に書く中、私は突然焦った。
難聴の私は、遠くの校庭の台で、マイク越しに、喋っている先生の声が聞こえなかったのだ。
仮に運良く聞こえたとしても「おはようございます…」ぐらい。いや、おじぎなどを見て、そう解釈していたのかもしれない。
私は困ったな、と思い校庭を窓から伏し目がちに眺めた。その時は寒い日で、校庭で立っていた時も寒くて、教室に入ったあとに白い雪が降っていたのだ。うろ覚えだけど。
その時は本気で「聞こえないことはいけないことだ。」と思っていたので=ありのままの自分をさらけ出すこと(「私は補聴器をしてもそれだけで言葉や文として聞くことは難しく、ましてや集団に向けられた話なんて聞こえていなんだよ。」と言うこと)ができなかった。
配られた紙は白い紙なのでヒントも何もない。問題文だとそこから予測できたりするのだけどね。
とりあえずあたりさわりない文で「とても良い話でした。ありがとうございます。」と書いた。
小学4年生の時だったけど、これでは小学生1、2年生と同じレベルではないか。
私は今はもう辛いとは思わない。ただ雪が降った窓から見た校庭は綺麗だったこと、それと同じように真っ白な紙をふと思い出したのだ。
あとで、担任の先生に何か言われるかもしれないと少し思ったけど綺麗な雪を見たらどうでもよくなった。もしかしたら、寒い中、外にいたので(さらに聞こえないので立っているだけ)、手がかじかんでいてそこまで余裕がなかったのかも。
そして雪が綺麗だったから、私の心を無にしてくれたのかもしれない。
子どもの時に、話が聞こえない時に私はよく風景を横目に、何も考えないようにする諦めのようなものというか、心を無にする習慣がついていた。
考えていると辛いので逃げていたのではなく、最初からそれが自分にとっては当たり前と思っていたので、先生の話は聞こえないけど、とりあえず皆と同じように立って風景でも眺めてれば良いかなぁ、という心境だったのである。
当然、「聞こえない!」「内容を書いて教えて欲しい!」という要求は生まれなかったのである。
どこかの記事に、「子どものころの自分に声をかけて救ってあげれば良い。」というようなことが書いてあったけど、私はなかなかかけることばが見つからない。
自分の置かれた状況が当たり前だと思っている子どもに、気づかせるのって難しいと思うので。
この問題はいつか自分の中で答えが見つかると良いのだけど。もしかしたら、気づかせるのは難しいと思っている自分はまだまだなのかもしれない。
それにしても、大人になり良い意味でも悪い意味でも心を無にするスキルは無くなった。
ので、今度は良い使い方として心を無にしてみようかなぁ。
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