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自分メディアの向こう側(後編)〜内面を見つめる時間の過ごし方

*本記事は2017年7月に実施した「あすか会議2017」の書き起こし記事をGLOBIS知見録から転載しています。

安藤美冬氏(以下、敬称略):私は最近、自分を深めるために、普段は興味のない分野も含めて、とにかく大量の本を読むようにしています。そのなかで、ある書籍を通して、ドイツ発祥のアクティビティであるワンダーフォーゲルが生まれた背景を知って感動したことがあります。ワンダーフォーゲルというのは、たとえば「頂上を目指す」等、何かの目的を持って山に入るのでなく、山そのものを楽しむという考えから生まれたそうなんですね。山歩き自体が目的だった、と。山に分け入って、山のなかで自分と対峙して、自分の内的世界に奥深く入っていくことなのだと知って、すごく感動しました。

ネイティブ・アメリカンにも「ビジョン・クエスト」というものがあります。これは一定の年齢になると山のなかに三日三晩分け入るという儀式です。そのあいだは飲まず食わず、ひたすら瞑想をして自分の未来のビジョンを受け取るということをするというんです。なんというか、私たちの人生でもそういう時期が大事なのではないかな、と。

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私はキャリアについて同じような考え方をしています。右肩上がりのポジションやスキル、あるいは報酬といったキャリア・アップの世界は、おそらく山であれば「山登り」の世界。でも、そうではなく、「山歩き」。キャリアについて柔軟に、そのときどきで「面白いな」「やってみたいな」と感じること、あるいは自分の内側から湧き出るものに正直になって、キャリアを柔軟につくっていく。これを私は「キャリア・スライディング」と呼んでいます。今はそういうキャリア・スライド的なあり方のほうが、私自身にはしっくりくるんですね。「キャリア・アップじゃないんだよな」と。ですから今は世の中に対してすごく距離を感じてもいます。

白木夏子氏(以下、敬称略):ジャック・アタリが書いた『21世紀の歴史』という本があって…。

安藤:私も大好きです。素晴らしい本ですよね。

白木:私も創業時に読んで感動したことがあります。で、そのなかに、人類の文明史を分析したうえで、これからの世界がどうなるのかが書いてあって、その1つに「インナーノマド」というキーワードがあるんですね。人はこれからどうなっていくのかと予測すると、人は元来、ノマドとしていろいろな国を渡り歩いて狩猟等をしていたわけですね。物理的にいろいろなところへ行っていた、と。でも、未来は内的に、心のなかにどんどん潜っていくという意味のノマドになるという。

安藤:内なる放浪者ですよね。

白木:そう。内なる放浪者になるということが明確に書かれていて、すごく今のお話もよく分かりました。

久志尚太郎氏(以下、敬称略):めちゃくちゃ分かります。僕もまったくそういう状態です。どんどん内側に向かっている。僕はそれを「普通」という風に表現しています。もちろん仕事は死ぬほどきちんとやりますけれども、あまり頑張るというか、無理をしてまで人と話したり、あるいは話さなかったりということをしない。無理をせず、ただ普通にしていればいいと思っています。

どんなに偉くなったって、ダメな自分って、たくさんあるじゃないですか。どんな人でもそうだとするなら、それも受け入れたらいい。人生、笑いたいときもあれば、泣きたいときもあれば、辛いこともあれば楽しいこともあって、ただそのなかを歩いているだけなんですよね。絶頂期を迎えるために進んでいるわけではなくて、いろいろなことを味わうために歩いている。これからもずっとそうだとするなら、そのままでいいし、「普通でいいんじゃないかな」と思っています。

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でも、先ほど安藤さんも「違和感を持つ」と言っていましたけれども、今の社会はそうなっていません。「頑張らなきゃいけない」とか、「成功しなければいけない」とか、「きちんとお辞儀できないといけない」とか、◯◯できなければいけないという社会になっている。それこそ「MBAを持っていなければいけない」とか。でも、そういうことではないのではないかなと、僕も強く思っています。その人にとって、本当にそれが必要ならやればいいし、そうでなければ別にやらなくたっていい、と。そんな風にして、もっとフラットな、本当に真ん中の自然体で、いつもいられるのかというのが、自分のなかではいつもテーマになっています。ですから、今は「淡々と」とか「コツコツと」とか、そんな精神状態ですね。上がりも下がりもしないという。

白木:では、あと20分ぐらいということでQ&Aに移りたいと思います。

Q1)安藤さんにとって独立する転機とは何だったのか?

安藤:独立の転機についてお話をすると、まず、気付いてしまったら、もう不可逆ではないですかね。会場にも「今いる場所」から出たくて堪らなくて、それでグロービスに通っているという方はいると思います。そういう自分に気付いてしまって、今の場所に留まることも苦しいし、かといって会社という看板を捨てて1人で生きていくのも不安で仕方がない、と。私はそういう状態が2年弱ほど続きました。もう毎日、眠れないし、怖いし、吐きそうだし、仕事は手に付かない。そういう苦しい時期を20代後半に過ごしてきました。それでも最後の最後に独立したのは家族や友だちが応援してくれたから。私自身は信じられなかったけれど、大事な人たちが私を信じてくれるなら、「その道に賭けてもいいのかな」と。それで、失敗してもやり直しは絶対にできるだろうという気持ちで、最後は辞めました。当時はもう何もなかったですから。

Q2)今まで築いてきたキャリアや周囲の人が気になって「内なる自分に向き合う」ことがなかなかできません。皆さんはどのようにご自身と向き合っているのか?

久志:僕は会社のメンバーに、ラベルで勝負せずアウトプットで勝負するように、よく言っています。「自分の肩書きやキャリア、あるいは何をしてきたかとか、そういうものは足枷になるだけだから、一切使うな」と。そうではなく、今、目の前の人に対して、どのような価値をアウトプットできるのか。そこへフォーカスするように言っているし、僕はそれが一番大事だと思っています。

そのうえで、スタートアップですから、もうPDCAではなく、ずっとD→A→D→Aといった感じです。過去にやってきたことは、ほとんど役に立ちません。新しいビジネスモデルやオペレーション、あるいは考え方をつくっていくときは、本当にいつでもゼロイチ。で、そうなると肩書きやキャリアといったものは逆に足枷となってしまうことがあります。

僕は今でこそ「CEO」と印刷されてしまいましたが、それまではずっと、名刺にも肩書きを入れていなかったんです。うちの社員もそうですが、お客さんと会うとき、僕は自分が何者かというのを絶対言わないようにしています。それで、「久志です。今日もこんな格好ですいません(笑)」って。僕、本当にいつもこんな格好なんです。普段からクライアント先へ行くときもサンダルと短パン姿。でも、そこで大事なのは僕がきれいな格好をしていることではなく、価値を出せるかどうか。僕はそれにめちゃくちゃフォーカスしているし、そういうことの積み重ねだと思っています。

D→A→D→Aというのも、結構それに近いと思います。もちろんプランもチェックもしますが、それは当たり前のスキルセットとして持っていて、前面に押し出してはいません。とにかく「やる」。ただ、それは体育会系のような意味ではありません。クリエイティビティも必要だし、チャームやセクシーさも必要です。そういうものも併せ持ったうえで「やる」というのが一番大事だし、その積み上げでしかないと思っています。

僕は、人生というのは下りのエスカレーターだと思っています。下りのエスカレーターに逆らって登っているイメージですね。その先には踊り場があるわけです。だから、どんなに歩いていても、エスカレーターと同じスピードであれば目線の高さは変わりません。エスカレーターより遅ければ下がっていきます。でも、速ければ上がることができて、次の踊り場にも行ける。ですから、そうした下がってくるエネルギーに対して、自分が登っている下りエスカレーターの長さと速さを理解しながら、どこまでクイックに、徹底的にD→A→D→Aができるかということを考えて、いつも頑張っています。

Q3)ソーシャルメディア等を駆使していた当時を振り返って、今どのように感じますか?

安藤:自分メディアを使っていた時代を振り返ってみると、あれが当時の私にとっては目一杯だったと思っています。もちろん今振り返ってみれば、もっとできること、もっと言えることがあったというのはあります。ただ、あのときは、本当に走り続けて目の前のことに全力でしたから、あれが私の精一杯だったのかな、と。

なんというか、私は自分が特別なことをしたとはまったく思っていませんが、普通にOLをやっていたところから30歳で、実績ゼロベースで、まったく仕事のないところから独立したわけですね。当時は自分が何をやりたいのかも分からないし、自分に何ができるのかもハッキリしていませんでした。そのなかで、「自分の強みとは何か」「どうすれば個人として影響力を発揮できるのか」といったことを考えながら、高い理想とショボい自分とのあいだで、ずっともがいていました。そういう部分も含めて個人メディアにはぶつけていったと思っています。

そのうえで、今はそのプロセスをやりきったというところまで来てしまっていますが、個人メディアが素晴らしいのは、個人が力を得て世の中と向き合っていける点だと思うんですね。武器にして戦っていける。それで私のような、何も持っていなかった1人の人間が逆転できたというのが個人メディアの素晴らしいところだと思います。ですから、あの熱量は近い将来、また取り戻せるのかもしれませんし、今は違うところにいますが、後悔はないです。ですから、そういう思いを1人でも多くの方に受け取っていただいて、「私も勇気を持って何かを発信していくぞ」という人がもし増えたとしたら、「やって良かったな」と思います。

それと、1歩を踏み出すためのヒントについて。もちろん今はデュアルワークというかパラレルキャリアという形で、たとえば会社の仕事をしながら空いた時間で何かをすることもできると思います。当時の私には、手段としては会社を辞めるという1択しかありませんでした。でも、本当はもっと正直であっていいと思うんです。

先ほど久志さんが言っていましたけれども、当時は私もすごく無理をしていました。数年ぐらい前までは無理をして肩に力を入れて、本質からズレたところでメディアに出たことも一部あったと思います。でも、そういう自分も含めて当時は精一杯やったと思えるので、今はかなり、ありのままの私自身で話ができていると思います。だからこそ言えますが、「時代の流れが云々」「業界が云々」という前に、一番早く変化するのは自分自身なわけですよね。それで、昨日興味を持っていたことに今日は興味を失っているというのも、今興味がないことを1週間後にやってみたくなるというのも、人間としてナチュラルなことだと思っています。

そのうえで、私のキャリア・スライディングの根底にある仕事のあり方は、できるだけ自分の心や自分という人間に対して、仕事のほうを合わせていきたいという思いです。右肩上がりの報酬やキャリア、あるいはスキルやポジションといったものは、今の私からするとすごく不自然なんですね。そうではなくて、世界で最も変わりやすい私という存在に、仕事のあり方すら合わせていく。これが究極の個人の生き方だと思っています。

今、情報ってすごいですよね。30万年分ぐらいの情報を今の私たちは3年ぐらいで消費しているという話を、ネットで読んだことがあります。そういう情報の海で溺れないためにも、まずは自分がどうありたいのかという軸を大地に刺すことが大事だと思っています。そういう意味では、これから世の中がどのように変わっていこうとも、私のあり方はそれほど変わっていかない気がします。ヒントになるか分かりませんが、このお話から何かを受け取ってもらえたらと思います。

Q4)、自分を覚醒させるために、どんなことをすれば良いのか?

久志:僕が意図してやっていることの1つに、自分が普段所属するコミュニティとはまったく違うコミュニティに行くというのがあります。これは相当意識的にやっていますね。実は僕、G1関係の方々を含めて起業家の方々のなかでは、友だちがいないというわけでもないのですが、あまり意図的につるまないようにしているんですね。一方で、料理人の方の集まりに行ってみたりしていて、そこですごい発見があったりします。あるいは下町に行っておじいちゃんと話をしてみるとか、そういうことを結構やっています。いかに自分がいる世界から離れるかを意識する、と。そうすると、いろいろなことをきっかけにして覚醒する瞬間が出てきます。「あ、こういう捉え方があったのか」「あ、皆はこんな風に思っているのか」ということがあるので。

白木:それではお時間になりました。これからのお二人にも注目してください。どうもありがとうございました。

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