米中新冷戦は日本が復活する最後のチャンス。
スマホ、テレビ、エアコン、あらゆる家電製品から自動車まで、現代の日常のあらゆる場面で半導体が使われています。
半導体産業の収益の約1/4は携帯電話からとも言われている。つまりは、最新のiPhoneの価格の1/4は、半導体の価格なのです。
スマートフォンが機能するためには、数十個の半導体が必要で、格チップがバッテリー、ブルートゥース、Wi-Fi、セルラー・ネットワーク接続、オーディオ、カメラなどの機能を担っており、まさに現在の情報社会を支えているものはまさに半導体なのだと言うことができます。
加えて、電気自動車では1台あたり約1300個、ガソリン自動車には約500個の半導体が搭載されており、これからはAI、自動運転、IoT(モノのインターネット)がどんどん普及していくことで、半導体の需要はさらに上がっていくことでしょう。
そして、さらに重要なポイントとして、半導体は戦争の様々な兵器にも使われ、半導体はその国の兵器の質に直結するため、良い半導体を手に入れることは安全保障に直結していくのです。
現在、世界の超大国アメリカは半導体の7割を中国、韓国、台湾に依存していますが、1980年代、日本企業は世界の半導体のシェアの約50%を持ち、当時の日本は半導体のサウジアラビアでした。
日本の半導体産業がどのように成長し、どのように衰退していったのかという詳しい詳細が、タフツ大学助教授のクリス・ミラー氏が書いた「半導体戦争」という本に詳しく書かれています。
1945年の終戦後、すぐに冷戦が始まり、アメリカ国内で、日本をどのような国にしていくかという様々な議論がありました。
戦争で壊滅し、日本が弱いままであると、ソ連に侵略されてしまう可能性があったため、アメリカは日本をアメリカ中心の体制へとつなぎとめたまま、日本を経済復興させるという案を採用しました。
日本は最初、アメリカの半導体を真似することしかできませんでしたが、日本人はアメリカからコピーした半導体をどんどん改良していき、次第にアメリカの半導体の質を上回るようになっていきます。
1980年代のアメリカと日本の半導体の性能をテストした調査によれば、アメリカと日本の半導体は価格や性能が同じなのに対し、アメリカ製の方が故障率が4.5倍も多かったのだと言います。
日本の経済や技術はどんどん成長し、次第にアメリカの軍事的な優位性を脅かさんとするところまできており、アメリカは日本の半導体産業に対して危機感を感じていたのです。
1989年にはソニーの創業者である盛田昭夫と石原慎太郎が「『NO』と言える日本——新日米関係の方策」という本を出版しました。
石原慎太郎は、アメリカの軍事力には日本の半導体が不可欠であり、アメリカの半導体が日本に依存している限り、日本はアメリカの要求に従う必要はないと述べました。
ソニーの創業者である盛田が石原慎太郎のような強いナショナリズムを持った人物と一緒に本を出したことは、多くのアメリカ人に衝撃を与えました。
日本の成長に驚異を感じたアメリカは、日本の勢いを止めにかかります。1985年から1988年にかけて、一気に円高が進み、日本のメーカーにとって有利に働いていた構造が少しずつ変化し始めます。
円高が進むと半導体のシェアは韓国や台湾に流れていき、一時は世界の半導体の半分のシェアを占めていた日本のシェアは、1998年には約26%に、2021年には約8%にまで落ちてしまいました。
半導体のシェアが50%から8%に落ちてしまった日本ですが、2010年代後半から米中新冷戦が本格化し、新しい転機が訪れています。
2018年にアメリカのペンス副大統領がハドソン研究所で演説をし、「米中の対立は貿易だけではなく、安全保障を含む幅広い分野で生じており、アメリカが決して退くことはない」と述べ、米中新冷戦が本格的にスタートしていきます。
ドナルド・トランプ政権は、米国が関わる先端半導体の製造装置や部品に規制をかけ、中国企業に半導体が渡らないようにしていきます。そして、2023年には、この規制に加わるように日本やオランダに話を持ちかけ、両国が同意しています。
米中新冷戦が始まると、アメリカはこれまで台湾や韓国に依存している半導体の生産を見直し、新しいサプライチェーンを構築する必要がありました。
特に台湾は、中国と常に緊張関係にあり、もし中国が香港のように、台湾を支配下に収めてしまえば、半導体を依存しているアメリカは大きな打撃を受けることになります。
現在、円安が進んでおり、政治、経済ともに安定している日本は、アメリカにとっても、新しい半導体の生産場所として魅力的な場所です。
確かに、日本の半導体そのものの出荷量は世界シェアの一割にも満たない量ですが、主要半導体部素材では世界シェアの48%で世界トップ、半導体製造装置においては31%とアメリカに次ぐ第2位というシェアを持っています。
「新半導体戦争」の著者で、作家の平井宏治さんは、半導体材料を魚、半導体製造装置を包丁、半導体量産技術を腕のいい職人にたとえ、高品質の半導体は「活きのいい魚があって、よく切れる包丁があって、それらを使いこなせる腕のいい職人がいて初めて美味い刺身ができる」と述べています。
日本は半導体企業が必要とする材料の多くを供給し、世界の半導体製造装置においては、日本とアメリカがほぼ独占しており、トップ15社のうち日本企業が7社を占めています。
国内で半導体の川上から川下まで一貫生産できるのは世界でも日本だけであり、この米中新冷戦による日本シフトは、日本の半導体産業が復活する大きなチャンスなのだと言えます。
2021年4月には、菅義偉首相とバイデン大統領は共同で会見を行い、半導体などの先端技術において、共同で研究、開発を進めていくと述べました。
1980年代の日本の絶頂期に、アメリカは日本の経済を警戒して、半導体産業を他のアジアの国にシフトさせましたが、米中新冷戦を迎えて、明らかに日本に対する態度を変えてきています。
日本の様々な方の発言を聞いていると、米中新冷戦から生じる日本へのシフトは、日本が復活する最後のチャンスになるかもしれないという人が多くいます。
日本は半導体の人材という面でも、過去に世界一まで上り詰めた知識と経験を持つ60〜70代のシニア層がおり、この知識と経験をしっかりと次の世代に引き継ぐことができれば、日本の半導体産業もどんどん盛り上がっていくのでしょう。
経産省は2030年に日本半導体の売上高を3倍にするという目標を掲げており、2020年の5兆円から15兆円に伸ばしたいと考えています。
日本には東京エレクトロン、SCREENホールディングス、JSR、信越化学工業など世界でも存在感を発揮している会社がたくさんあります。
元東京大学教授で『日本のものづくり哲学』の著者でもある藤本隆宏氏は、日本の生産性の向上は他のアジアの国々とは比べものにならないと述べています。
米中新冷戦、デフレ、低金利、ゼロ金利時代から脱却、東証の改革など、現在、日本経済が良い方向に変化していく様々な要因がたくさん出てきています。
この好機は、本当の意味で、日本経済が復活する最後のチャンスになるのかもしれません。
参考書籍
◾️平井宏治『新半導体戦争』2024、◾️クリス・ミラー『半導体戦争――世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』ダイヤモンド社、2023年 ◾️武者 陵司『「安いニッポン」が日本を大復活させる!』ワック、2022年 ◾️久保田 龍之介『半導体立国ニッポンの逆襲 2030復活シナリオ』日経BP、2023年