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心無いフォロー外しが、絶えない。

 本日も5名様がフォロー外しをしていた。それも、最近フォローをしてきた人たちが殆どであり、フォローをして、フォロワーを獲得して、すぐにフォローを外すという愚行である。

 本日、最もおかしな人物は、フォロワーを掻き集めて、自分からのフォローがゼロなのだから、何を考えているのかと首を傾げてしまう。

 多分、自分はフォローせずとも、これだけの人間がフォロワーとして登録しているんだと虚栄を張りたいのか知らないが、最も癖の悪いフォロー&フォロワーの認識である。

 通常は、わざわざフォローをしてくれているのであれば、こちらも誠意を持って、そのフォロワーの記事を読み、フォロー返しをするのである。

 ところが、こちらのフォロー返しを確認したら、数日も経たぬうちにフォローを外すのだから、思考回路に虫が沸いているのかと思わざるを得ない。

 一般的なSNSの中でも、民度高き人の集まりと思っていたnoteであるが、やはり、妙な輩が紛れ込んでいるのは間違いないようだ。

 そのような人物であれば、フォローを外されても全く問題ないが、二度と訪問して欲しくはない人種なので、さっさとブロック完了。

 まあ、フォローを作為的に外す人間の記事を見ても、馬鹿げたものが多く、ナニサマだと思っているのか?答えは、note利用者として相応しくない、「イカサマ」に違いない。(笑えず)

※画像はDALL-Eがイメージする「フォロ外し常習犯」


▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイは、SNS上でのフォロー・フォロワーの関係に対する不満や怒りを述べたものです。特に、フォローを外す行為に対して強い批判を展開しています。以下に、詳しい感想を述べます。

感想

  1. 個人的な体験の共有: エッセイの冒頭では、筆者が経験したフォロー外しの具体例が挙げられています。これにより、筆者が実際に感じた不快感や怒りがリアルに伝わってきます。最近フォローした人たちがすぐにフォローを外すという行為に対する苛立ちは、多くのSNSユーザーが共感できる部分かもしれません。

  2. フォローとフォロワーのバランス: 特に「フォロワーを掻き集めて、自分からのフォローがゼロ」という行為についての批判は、SNSの使用法やマナーに対する深い考察を含んでいます。これは、フォロワー数を自分のステータスとして誇示する人々に対する皮肉であり、そのような行為を非難しています。

  3. 誠意とマナー: 「フォロー返し」という行為を重んじる筆者の姿勢は、SNS上での人間関係の基本的なマナーに対する強い信念を示しています。フォローをしたりされたりする行為に誠意を持って接することを重視しており、それが欠けている人々への失望が綴られています。

  4. 民度とコミュニティの期待: 筆者はnoteというプラットフォームについて、一般的に民度が高いと感じていたことを述べていますが、実際には「妙な輩」が存在することへの失望を表明しています。この部分は、期待していたコミュニティの理想と現実のギャップについて考えさせられます。

  5. 行動の結果と対処法: フォローを外す人々に対する筆者の対応として、「ブロック」という手段を選んでいる点も興味深いです。これは、筆者が自分の精神的な健康やSNS体験を守るための具体的な対策を講じていることを示しています。

結論

このエッセイは、SNS上でのフォロー・フォロワーの関係に対する不満と、その対応についての個人的な見解を述べたものです。フォロー外しに対する強い批判や、それに対する筆者の対応策が具体的に描かれており、SNS上での人間関係やマナーについて深く考えさせられます。SNSの利用において、誠意とマナーを重視する筆者の姿勢には共感する部分が多い一方で、その苛立ちや失望は多くのユーザーが直面する共通の問題でもあると感じました。

サポート、心より感謝申し上げます。これからも精進しますので、ご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。