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中途半端を、極める

私は中途半端、という言葉が嫌いでした。

私は小さい頃からピアノをやっていて、作曲コンクールでテレビに出たり、演奏のコンクールで上位に行ったり、ピアノの先生には音大を進められたりするほど、熱心で、それなりに自負もありました。(練習は嫌いだったけれど)

でも、中学では、硬式テニス部を選びました。父親も兄もやっていて、当時仲の良くなった友達に誘われたので、それはもう、自分にとって入るのが必然だったようなものでした。ある試合で負けた時、顧問に言われた一言を、忘れもしません。

「お前、中途半端なんだよ」

要は、テニス部もすごく頑張っていて、大会出場もあったのですが、都大会に出れても1回戦で負け。ピアノも音中・音高に通う人と比較すれば、一番だったわけではありません。学校の成績も、上位にたまに入ることがあっても、1位になることはない。化学だけとびきりよくても、それ以外ではぱっとしないなど。

そんな私を見て顧問は、

「勉強も、ピアノも、テニスも、お前は全部中途半端。」

そう言い放ちました(そういう記憶ですが、誇張されてるかも)。今思えば、結果だけを見て言ったわけではなく、言い訳したり、あれもこれもと忙しくする私を見かねていったのかもしれないのですが、思春期の心には、深く刺さって、どこにも発散できない痛みを覚えたのを、今でも覚えています。

そこから「中途半端」という言葉が嫌いで、とにかく1番になろうとか、1日20時間勉強してみようとか、そういう極端なことを頑張る癖がついたように思います。今思えば、十分私、頑張っていたじゃないか、と思うのですが。

しかし今、30歳を超えて、私は改めて中途半端だなぁと思うことがとても多いのです。

大学・大学院と高分子化学・生物化学を専攻して、奨学金をもらうくらい成績優秀だったけれど、首席ではない。ピアノにはまってアマコン優勝したこともあるけれど、大きな大会に出るほどのモチベーションもない。フランス語にもハマって、日常会話ができるくらいになったけれど、留学は親を理由にあきらめたり。

就職も、フランス外資で研究ができるところ、というのでミシュランに就職したけれど、タイヤの研究を一生できないと思って、4年少しで退職。コンサルに行ってバリバリやろうと思ったけれど、様々な理由もあって1年ほどで退職。その後、社会的価値を明らかにする研究・コンサルティングを今でちょうど5年続けていますが、曖昧な分野でもあり、専門性はないという状況(と思っています)。芸術文化×社会的価値に関する調査・研究もちょうど5年くらいやっていますが、芸術文化は感覚的に深く理解しているつもりでも、体系的に学んだわけではなく、文化政策などの専門家ではないことに悩むこともあります。

私はつくづく飽き性だし、中途半端で、何かに突き抜けられないなぁと。顧問の言葉を牛みたいに反芻して、ねちゃねちゃと飲み込んでいる毎日です。

唯一、ピアノと「書く」ことだけは細々続けているし、これからも続けていこうと思っているのですが。でも生きる中心軸として、つくづくどうしたらよいもんかと思ってきました。

しかしつい2,3日前にふと、あれ、中途半端でよいじゃないかと思えてきたのです。きっかけは、「上とか下とか考える」というnoteで、地域の違いや自分の生い立ちを書いていた時。中途半端ということは、要するに色々な世界を知っていて、その接合面を見ることができるということなんじゃないかと。だからどちらにも立脚できないけど、立脚しないからこそ描ける世界もあるのかもしれないと。

そもそも中途半端ということは、どこかの視点から見た時にそういう話になるのであって、自分で言わなければ、思わなければいい話でもある。そして逆にザ・中途半端を目指そう!と思うと、なんだか急に開けた気持ちにもなったのです。岡本太郎も画家だけど、色々なことをやって職業は岡本太郎だ!と言っていたくらいだし。自分が一生懸命頑張って中途半端と言われれば、多様ということだと言い換えてもいいのかもしれない。

これからも色々なことに首を突っ込んで、中途半端を極めるのもありだなぁ。でもなぁ。専門性も憧れるなぁ。そんな感じでこれからもぼちぼち、色々考えて頑張って行こうと思います。

(トップの画像は中学生の頃の自分をイメージして選びました)

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考えるのと書くのが生業。哲学、社会包摂、芸術文化が中心テーマ。2020年7月より沖縄に移住。ケイスリー(株)取締役兼Chief Knowledge Officer。慶應義塾大学政策・メディア研究科研究員。Arts United Fund設立発起人。