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映画「アラビアンナイト三千年の願い」感想 

 一見すると夢と魔法の物話に見えますが実は…?時代や媒体によって「改変」されてきた物話に隠された「真実」を探し、人は何故願うのかを突き詰めた「大人のお話」でした。

評価「C」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。

 本作は、『ベイブ/都会へ行く』や『マッドマックス』シリーズ、『ハッピーフィート』などで知られるジョージ・ミラー監督最新作です。


・主なあらすじ

 古今東西の物語や神話を研究するナラトロジー=物語論の専門家アリシア・ビニーは、講演のためトルコのイスタンブールを訪れました。
 ある日、バザールで美しいガラス瓶を買い、ホテルの部屋に戻ると、中から突然巨大な魔人〈ジン〉が現れました。彼は、瓶から出してくれたお礼に彼女の「3つの願い」を叶えようと申し出ます。そして、これによって自分自身にかけられた呪いが解けるので、自由の身にしてほしいとも。
 しかし、彼女は、「とある理由」から、その誘いに疑念を抱きます。そこでジンは、彼女に「紀元前からの 3000 年に及ぶ自身の物語」を語りますが…。

・主な登場人物

・魔人〈ジン〉 演 - イドリス・エルバ
 3000年以上も悠久の時を生きており、その間に多くの「御主人様」にお仕えするものの、別れる度に瓶に閉じ込められ、今回はアリシアの手によって瓶から出されます。彼女に「3つの願い」を叶えることと、自身の解放を依頼しますが…。

・アリシア・ビニー 演 - ティルダ・スウィントン
 ナラトロジー専門家。想像力豊か過ぎて世の中で生きづらさを感じていますが、一方で神話はいずれ過去のものになると考えるリアリストでもあります。 ある日ひょんなことからジンと出会い、彼の昔話を聞きますが…。

1. 昔話だけど、ただの昔話ではない。

 本作は、『アラジンと魔法のランプ』で有名なイスラムの説話集『アラビアン・ナイト』をモチーフにし、さらにA・S・バイアットの短編集『The Djinn in the Nightingale's Eye』(ザ・ジン・イン・ザ・ナイチンゲールズ・アイ)を原作として、監督独自の世界観とエッセンスを加えた、新たな物語となっています。

 現代社会、科学技術の発達によって叶うことは増えています。一方で、祈祷による神頼みは減ったものの、人は心のどこかで神や天使や魔人の存在を信じて惹かれ、祈り願っているときもあります。
 彼らを「信憑性がない」とか「過去のもの」と揶揄する割には、結局都合の悪いときは状況を良くしたいから信じようとするんですよね。
 そんな人間たちを魔人はどう思うのか、そして彼らはどこに行くのか?そんなことに思いを馳せる作品でした。

2. 感性で楽しむ作品。好みは分かれるかも。

 本作は、セットの圧倒的な造形美や色彩美が凄く、全体的に綺羅びやかなイメージがありました。所謂、芸術系・アート系映画だと思います。具体的な作品名を挙げると、『落下の王国』とか、『ネバーエンディング・ストーリー』っぽさがあります。終始エキゾチックな雰囲気なので、中東やアフリカの遺跡が好きな人は嵌りそうです。
 また、ジンの話は史実をベースに語られており、シバの女王、ソロモン王、オスマン帝国の王朝、レオナルド・ダ・ヴィンチなどが登場します。この辺の歴史を知ってたら、もう少し楽しめたかもしれないと思いました。

 一方で、本作はその場の雰囲気や物を感性で捉えて楽しむ「右脳系映画」だとも思います。現象に理屈や理由を求める人とは相性が悪いと思います。
 実際、「伏線」めいたものはいくつかありますが、そのほとんどは回収されません。特に、最初に空港でアリシアの荷物を奪おうとした小男や、アリシアの講演中に襲いかかった謎の男については、最後まで明かされず、結局よくわかりませんでした。まぁ、世の中にはわからない、説明のつかないものがあるということでしょうけど。

 個人的に面白かったシーンは、アリシアがイスタンブールからロンドンへの帰途で、飛行機に搭乗する前、X線検査で瓶が引っかかったところです。科学技術に恐れおののき、なんとかしようとするジンのリアクションには笑いました。また、ロンドンは電波が多くて嫌だとボヤくジンにも笑いました。

3. 思っていたストーリーとは結構違う。

 本作のストーリーですが、思っていた内容とはかなり違いました。ポスターや予告編からは、「人間と魔人のバディもの」ということは伝わりましたが、それでも観る前に想像していたことと、観た後の印象が違いました。

 観る前は、2人が色んな時代にタイムスリップして冒険するロードムービーだと思っていましたが、物語のほとんどはジンの回想話です。(ポスターにある「不思議な感じの人々」は、皆ジンの回想で出会った人々でした。) 基本はイスタンブールのホテルの部屋とロンドンにあるアリシアの自宅でしか物語が進行しません。そのため、物語の構成としてはノッペリしているように感じました。

 また、本作は「おとぎ話」ではありますが、実際は「大人の昔話」でした。所謂、「性」がテーマなので、小学生以下のお子さんとの視聴はあまりお勧めしません。

 映倫のレーティングが「PG12」なのも納得でした。具体的には、人間同士や人間とジンの「営み」・重婚・少女と老人の結婚と「営み」・特殊性癖・裸・寝取られなどが描かれてました。
 その中でも一番強烈だったのは、極度に肥満体型の女性達でした。これは「特殊性癖」の一つなんでしょうけと、あれ本物?それとも特殊メイク?と戸惑いました。※これは恐らく後者かと。肥満体型の女優はいても、あそこまで沢山揃えるのは難しいし、「PG12」指定なのでフルヌードではないのでしょう。
 まぁ、昔話には「性」が描かれることは多いのですが、恐らく、この辺はディズニーなど色んなアニメ会社が映像化したときに「カット」したのかなと思います。なので、ある意味、「表現のタブーに切り込んだ作品」とも言えそうです。

 そして、ちょっと怖いシーンもあります。妊婦が崖から突き落とされたり、戦いで一斉に兵士達が斬首されたりと。昔話は決してマジカルでキラキラとしたものではなく、実はドロドロとしたものなんだよと伝えてくる描写でした。

 さらに、LGBT要素としては、オスマン帝国で皇帝に千夜一夜物語を語るのは姫ではなく爺さんで、皇帝と爺さんの間に「仕事以上の絆」があるようにも見えました。

 うーん、もっとドキドキ・ワクワクするような壮大で奇天烈な物語かと思いきや、もっとパーソナルで官能的なラブストーリーだったなぁという印象でした。この辺は、正直体感時間が長く感じて、途中結構眠くなりました。

4. アリシアの願いとは何だったのか?

 ジンはアリシアに、「3つの願いを叶えてあげよう」と伝えますが、アリシアはすぐには首を縦に振りませんでした。彼女は、願い事の物語はどれも危険でハッピーエンドがないことを知っていたからです。
 また、彼女はバツ一で子供はいません。(恐らく流産。)アパートの地下室に元夫の思い出の品をずっと保管しているものの、今の自分に満足しており、願うことはないとも伝えます。

 一方で、ジンは御主人となった女性の心を男性に向けることはできますが、自分が愛してしまった女性の心を自分に繋ぎ止めておくことはできません。そして自分が自由の身になるには、女性が心から望む3つの願いを叶えてあげる必要がありました。しかし、ずっと何らかの理由で失敗していて、そのたびに瓶に閉じ込められていたのです。

 実は本作は、御主人様の性別が男性から女性に変更されています。原作『アラビアン・ナイト』の『アラジンと魔法のランプ』や、ディズニー映画の『アラジン』では、男性のアラジンが金持ちになって王女と結婚したいと願います。それを踏まえるなら、アリシアは「王子様」と結ばれることを願うのでしょうか?
 しかし、その答えは違いました。アリシアが望んだのはジンそのものでした。彼と愛し合い、結ばれることだったのです。自分も物語の中へ飛び込み、物語に登場した女性達のように愛してほしいと願いました。

 本来、「願い」というのは、「欲望」であって、「叶えてほしい側」と「叶えることができる側」、両者のニーズが噛み合って初めて成立するものだと思います。これは「恋愛」や「友情」もそうで、互いに気持ちを押し付け合う約束事自体が「呪縛」になってしまう一方で、本作ではその約束を振り切って、最後にはそこから解放されていくという展開になっています。アリシアとジンがお互いの内面を曝け出したことで、小瓶を破壊して2人で外に出た、そんな話なのです。

 この辺のメッセージについては、ディズニー100周年記念映画『ウィッシュ』でも似たようなことを言ってたと思います。

5. 貴方はこのラストをどう捉えますか?

 物語後半は、彼女のロンドンの自宅が舞台となります。アメリアとジンは暫くの間、奇妙な同居生活を続けますが、とあることがきっかけでジンは彼女の前から姿を消してしまいます。

 暫くの間は落ち込むも、やがて吹っ切れてもう一度一人を満喫するアメリア、訝しむ隣人に対しても「ロンドンは多様性に厳しいのね、人間はどこでだって生きていけるの」と話し、ピスタチオで「和解」します。そして、ある日公園で散歩していると、前方に赤いフードを着た大男が…。

 ラストシーンについて、あの大男はやはりジンなのでしょうか?彼は魔人としての「死」は迎えたけれど、転生して「人間」になったのか、やはり「魔人」のままなのか、ここは各人の想像にお任せする感じだと思います。

 アメリアは、物語前半にて、「現代は古の物語ではなく、科学という新たな物語に人間は支配されているのだ」とジンに伝えます。よって、物語は時代によって姿や形を変えてはいるものの、ずっと人間達に行く末を教えている、導く点は変わらないものだとも。
 そして神や天使や魔人というのは、混沌とした世界から神秘の知恵を取り出す「窓口」を象徴した存在であるとも伝えます。
 そう考えると、最後の「ジンらしき男」は現代において生きる場所を見つけたジンなのかもしれません。

 それにしても、童話や昔話ってやはり強いですね。元の話にアレンジを加えるだけで、またヒットするんだから。この感想も、『ピノキオ』→『長靴をはいた猫』→『アラビアン・ナイト』と暫く童話や昔話が続いたなぁと思います。

 本作、メッセージがかなり抽象的なので、賛否両論な感じがします。好きな人は好きだと思いますが、結構人を選ぶ内容です。
 一方で、パンフレットは再入荷で手に入れたので、コアな人気はありそうです。気になる方はどうぞ。

 最後に、もし3つの願いが叶うとしたら、貴方は何を願いますか?

出典

・映画「アラビアンナイト三千年の願い」公式サイト

https://www.3wishes.jp/

※ヘッダーはこちらから引用。

・公式パンフレット

・映画「アラビアンナイト三千年の願い」Wikipediaページ