オペラの話:〈最優秀上演〉(97/98シーズン)のモーツァルト《後宮よりの誘拐》、シュトゥットガルト・オペラのストリーミング

ドイツは11月2日からロックダウンに入り、オペラ劇場やコンサートホールも閉鎖していますが、ストリーミングでいろいろな公演を観ることができます。

シュトゥットガルト・オペラの1998年新制作モーツァルト作曲《後宮よりの誘拐》を無料でみることができます(12月18日~25日)。
https://www.staatsoper-stuttgart.de/spielplan/oper-trotz-corona/

《後宮よりの誘拐》のドイツ語オリジナル題は《Die Entführung aus dem Serail》です。最初の大きな写真をクリックすると始まります。

これは1997/98シーズンの同オペラの制作ですが、インターナショナルなオペラ専門誌『オーパンヴェルト』がその年鑑で50人の批評家など専門家に対して行うアンケートで、97/98シーズンの〈最優秀上演〉に選ばれました。また同時にこの年、シュトゥットガルト・オペラも〈最優秀オペラハウス〉に選ばれています。

もう20年以上前の制作ですし、公演そのものも何回も観たのですが、今日、久しぶりにあらためてストリーミングで観ました。
ドイツのムジークテアター、また、ジングシュピール(歌芝居)の可能性を大きく広げた記念碑的かつ伝説的な制作で、随所において、やはり脱帽ものの素晴らしい制作です。
私自身もこれによりオペラ、ムジークテアーターの新しい世界に踏み入れた制作です。あらためて観ると、いまだに新発見がありました。

ドイツ語がわからないと、実は面白さも半減なのですが、是非観ていただきたいビデオです。

太守セリム以外の登場人物は歌手と役者のニ人で演じます。一役二人で、物語の背景を説明したり、登場人物の心の中を説明したり、観客に語りかけたり、そのテキストはユーモアとウイットに富んでいます。

演出はハンス・ノイエンフェルツ。日本では2001年夏のザルツブルク《こうもり》、2010年バイロイトの≪ローエングリン≫(コーラスがねずみだった)で、知られているかと思います。
両方とも日本での評判はあまりよくなかったようですが、私は現代ムジークテアター界を牽引する代表的なオペラ演出家の一人だと思います。
とくにこの《ローエングリン》はバイロイトでの同作品演出史上、私が観た限りでは最高傑作だと思います。
ノイエンフェルツは〈最優秀オペラ演出家〉には2005、2008、2015年に選ばれ、2016年には〈ドイツ・ファウスト賞〉を受賞しています。
このシュトゥットガルトの制作では、ゴットリープ・シュテファニーの台本と共に、自身でもテキストをつけています。

指揮はローター・ツァグロゼク。同オペラの音楽総監督を1997年から2006年まで務めました。1997、1999、2013年に〈最優秀オペラ指揮者〉に選ばれました。

またベルモンテ役テノール歌手マティアス・クリンクはこの時29歳の若さでした。2017年には〈最優秀オペラ歌手〉に、2018年には〈ドイツ・ファウスト賞〉にも選ばれました(シュトゥットガルト・オペラ制作の≪ヴェニスに死す≫のグスタフ・フォン・エッシェンバッハ役)。

コンスタンツェ役ソプラノ歌手キャサリン・ネーグルスタッドはモーツァルト作品の後はイタリア・ベルカントからR.シュトラウスやワーグナーのドラマティック・ソプラノとしてスター歌手に育ちました。

《後宮よりの誘拐》はモーツァルトが1782年ウィーンに移り、作曲しました。ウィーンでの初めてのドイツ語オペラでした。ジャンルとしては『ジングシュピール』(歌芝居)です。
冒頭から迸るようなナンバーの連続で、モーツァルトの『シュトゥルム・ウント・ドランク・オペラ』(疾風怒濤オペラ)だと思います。
モーツァルトの五大オペラのひとつですが、モーツァルトは実はドイツ語オペラをほんのわずかしか作曲していません。未完のものもあります。ごく若い時の作品を除いて《後宮》の後は《劇場支配人》を作曲、大きなオペラは《魔笛》のみです。

《後宮》は、音楽的にも劇作的にも《魔笛》と共通する点がありますが、この演出でもそれを巧みに採り入れています。
たとえば、ブロンデが『鳥』として登場する演出、これは《魔笛》のパパゲーナの原型です。ちなみにここに登場するひよこたちは有名なシュトゥットガルト・バレエのバレエ学校の子供たちです。

とりあげることはたくさんあるのですが、最後のシーンの説明をしておきましょう。

太守セリムは燕尾服で現れ、「ここで歌が歌えないというのは悪人になるか絶望するかしかない。しかし楽屋にエドゥアルト・メーリケの詩があり、他のかたちだが素晴らしい・・・短いのでここで朗読したい」と言い、メーリケの詩を朗読します。

「Denk es, o Seele!」がその作品です。

モーツァルトほど、『死』と向き合った作曲家はいないでしょう。
上述のメーリケの詩も『死』がテーマです。

メーリケは1804年シュトゥットガルト郊外のルートヴィヒスブルクに生まれ、1875年シュトゥットガルトで亡くなりました。

ドイツ文学、そしてモーツァルトに親しんだ人なら、小説《旅の日のモーツァルト》(原題は、《Mozart auf der Reise nach Prag》、つまり《プラハへの旅のモーツァルト》)の作者としてご存知でしょう。

メーリケの詩を太守セリムが朗読し、コンスタンツェが最後に「素晴らしい、太守さま、素晴らしい」と近寄り、セリムの言葉「ありがとう、コンスタンツェ、ありがとう」で幕を閉じます。

ここでは、太守セリムとコンスタンツェの真の関係が暗示されています。

このビデオはここで終わりますが、実際の公演のカーテンコールでは太守セリムと指揮者のツァグロゼクが並びます。ツァグロゼクは当然、燕尾服を着ており、『歌わないセリム=音を出さない指揮者』が作品と公演の中心人物だということも再確認できるように演出されていました。太守セリムも他の登場人物と同様に、やっとここで『もう一人の自分』を得たわけです。

本当に手の込んだ、いろいろな知が集積され、劇場の楽しみを満喫できる制作です。

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