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高校卒業直後に地元の「まんが美術館」で同人誌即売会を開催して当時の動員記録を作った話

かつて秋田県南に県央以上にアツい同人ムーヴメントが存在していた件については以前の記事に書きましたが、そんな中で同人活動をしているうちに「こりゃ私もイベント主催できるんじゃないか?」という気がしてきました。そのきっかけになったのが、当時の実家のある町の所謂”ハコモノ行政”の一環として建設された「まんが美術館」です。

私の住む町はそこそこ有名な某漫画家の出身地で、それにちなみ様々な漫画家の生原稿を常設展示する「漫画」に特化した美術館が建設されました。美術館とはいえ当時は町のコミュニティスペースも兼ねており、展示スペースだけではなく図書館や会議室、嘗て町にあった吉乃鉱山の資料展示室、ギャラリーショップ、カフェ、大ホールなどが併設されている何気に多機能な施設だったのですが、ぶっちゃけ建設間もない当時からあまり有効活用されているとは言い難い状況でした。というのも特別企画展が行われている期間こそ館内全体を使った大規模な展示が行われますが、それ以外は地元民すらあまり訪れず、訪れてもせいぜい図書館の本を借りるくらいなうえに常設展示の閲覧もまるっきり無料。しかも特別企画展も当時は年に1回くらいの頻度で、それ以外はどの部屋も空きっぱなし。高校生の目から見てもとても収益が出せる施設には見えなかったのです。それなら…

1日くらい同人誌即売会に使ってもいいだろ

と思ったのです。むしろ空きっぱなしでロクに活用されてない部屋を地元民が金出して使ってやるんだからありがたく思えですよ。またこの施設ならではのメリットもありました。

・県内に於けるネームバリューが割とある
 当時はまだ市町村大合併が行われる前で町にも予算があったからか大々的に宣伝が行われていました。県内の新聞やフリーペーパー等の紙媒体は言うまでもなくテレビCMまで打たれていたくらい。

・イベントに参加する以外にも遊べる場所が館内にある
 現在もそうですがクソ田舎に於ける同人イベントの参加スペース数なんてたかが知れています。全体を見てまわってもせいぜい1時間で済んでしまうくらいですが、クソ田舎だから会場周囲に遊んだり買い物をしたりする場所もない。しかし施設自体が美術館ならイベントに来たついでに常設展示を見てもいいし、図書館で本を読んだり映画やアニメのビデオを見てもいい。ギャラリーショップで買い物をしたりカフェで飲食する人がいたら美術館側にも売上がありまさにwin-winです。

・館内で飲食できる
 当時はまだ秋田県内にコンビニが少なく朝に開いている店も無かったので、サークル/一般参加共にイベント前に食料を調達したりイベント中に飲食することは不可能で、イベント参加するために家で弁当を作って持参するなんて牧歌的なことをしていました。あとはイベントに備えて前日にスーパーであらかじめパンだのお菓子だの買って持ってくるとか。しかし前述のように美術館にはカフェがあり、しかも当時カレーやらパスタやらチャーハンやらガッツリ喰える系のメニューもあったので飲食の問題は一気に解決です。

・広い無料駐車場がある
 地方のイベント会場に於いて重要なのは駐車場の有無です。なぜなら公共交通機関が発達していないので大人の同人サークルの自動車使用率が高いから。この美術館はもともと地元民の田んぼを買収して建設されていたため無駄に広い駐車場を有しており、サークル参加者どころか一般参加者が車で来ても余裕で対応可能でした。

一方問題もありました。

・町に駅が無い
 これは今も観光上の大問題なのですが、町の中に鉄道駅が存在せず、最寄りの駅は隣町にある十文字駅で、外部から来た人はそこからさらにバスに乗らなければ町の中心地に行けず、そのバスすら1時間に1本ペースという有様でした(現在はもっと減便)。秋田県内に鉄道を整備する際に駅誘致の話も出たそうですが、「蒸気機関車の火の粉が田んぼの稲に燃え移ったら大変だ」と反対した地主がいたらしく、そのせいで隣町に持っていかれたのだとか。もしドラえもんのタイムマシンがあったら当時の時代ににタイムスリップしてその地主の首根っこを締め上げてやりたいと思います。ということで駅からバス以外で町に移動するにはタクシーか徒歩で、もし徒歩で美術館に行こうとすると余裕で1時間はかかります。カートをゴロゴロ引っぱって1時間も歩けるか!秋田県のハコモノ行政の一番の問題点は「”点”ばかり作ってそれを”線”で結ぶことを考えていない」ことではないでしょうか。

つまり交通に難アリということですが、考えようによっては「交通以外は特に問題なくむしろ他の施設よりも独自のメリットは多い」とも言えます。交通と運用に問題があるだけで、施設自体は良いところですから。

で、イベント開催における経費の一番の問題は「会場のレンタル料はいくらか?」ですが、なんと1日貸し切り、長机&椅子レンタル込みで

2万3000円(※90年代当時の価格)

いくらクソ田舎の高校生でも2万3000円くらいは持ってます。当時の秋田県南の同人誌即売会の出展料の相場は1スペース(長机半分+椅子一脚)600円/2スペース(長机一本+椅子二脚)1100円でした。ということは38スペース以上の参加があればとりあえず会場費はペイできます。ちなみに私が高校を卒業するまでに実際に参加した当時の県南の同人誌即売会での最多出展サークル数は63組で、その中には1サークルで2スペース取っているところもあるから、38スペース以上を埋めるというのは決して不可能な数字ではありません。ということで私は思い切って

1スペース(長机半分+椅子一脚)500円
2スペース(長机一本+椅子二脚)900円

という、2スペース取っても1000円未満という価格にし、その安さの分で出展数を稼ぐ作戦に出ました。この場合、46スペース以上で会場費ペイとハードルは少々上がりますが、それでもまだ不可能な数字ではありません。

さてここで最も重要な問題です。告知をどうするか?当時はまだインターネット普及以前でサイトを作って告知することもできなければメールで連絡することもできません。宣伝として使える手段は

・別の同人誌即売会に行ってチラシを配る(最も一般的且つ有効)
・オタク系商業雑誌のイベント情報欄に告知を出す(採用されれば効果絶大だが確率は低い)
・口コミ(経費がかからないが頼れるのは人脈のみ)
・別の同人誌即売会のサークルカットに掲載されている住所に告知チラシをいきなり送りつける


今ではとても考えられないことですが、当時はサイトのURLやSNSのアカウント名を書き込む感覚で皆サークルカットに自分の住所を(人によっては本名も)掲載していました。そこにいきなり告知チラシを送って出展要請するという今では到底考えられないし許されないピンポイント作戦です。なんて大らかな時代だったんだろうか…

ところが運の良いことに、これらの宣伝作戦が全て面白いように当たりました。特に商業誌のイベント情報欄は送った雑誌の全てに掲載されるという高打率で、他県からわざわざ「委託参加は可能ですか?」という問い合わせの手紙が来たほどでした。そこで急遽委託出展も出展料1000円で受け付けることにし、最終的に

直接参加サークル数75(1スペース66/2スペース9)
委託参加サークル数5
合計80サークル

という結果に。中には「このイベントでサークルデビューします」という若いサークルさんや、山形県及び岩手県近隣県から遠征してくれるサークルさんからも直接参加申し込みもありました。この時点でサークル出展料だけで4万6100円が手元に集まったので会場費は余裕でペイ達成。尤も告知チラシのコピー代と切手代、さらにその後にパンフレット印刷代もかかるので収支計算上はトントンといったところでしたが。ここから黒字分をいくら出せるかは動員数にかかっていますが、やはり宣伝手法はサークル集めの時と同様に地道なオフライン活動しかなく、もう開催当日まで「人事を尽くして天命を待つ」といった状況でした。

そして最も難題だったのは前述のように「駅から会場までの交通手段」です。一度は町のマイクロバスを借りてシャトルバスを仕立てようかとまで考えましたが、この場合バスのレンタル料だけでなく運転手の人件費まで発生するので経費は一気に跳ね上がります。ちなみにこのイベント主催を企てたのは高校3年の末期で、イベント開催直後に東京の専門学校への進学のため上京を控えていたので赤字になるのは何としても避けなければなりませんでした。
そこで、直接参加サークルの中で気心が知れており、かつ車を所有し一時スペースを離れても大丈夫な人達及び自分の親に車を出してもらい、駅で一般参加者をピックアップして会場まで連れてきてもらう「ピストン輸送」作戦に出ました。フロントガラスのところに”イベント送迎車”である旨が分かるボードを掲示しておけば、初めて駅に降り立つ一般参加者にもそれが分かるという仕組み。さすがにタダでお願いするのは悪いので車を出してくれた人にはガソリン代として1000円をお支払いしました。つまり送迎を担当してくれた直接参加サークルは出展料とガソリン代を差し引きするとプラスになりるというわけです。

ただ、この”イベント送迎ピストン輸送”はそんなに何往復もするほど使われませんでした。というのも駅にはタクシーが常駐しており、一般参加者同士で自主的に相乗りして来てくれた事例が多かったからです。基本的にクソ田舎で移動手段に公共交通機関を使うのは車を運転できない未成年者なので、そんな子供自体がそもそも少なかったというのもあるでしょう。なお、会場である美術館そのものの知名度が功を奏し、「親が子供をイベントに送ってきたついでに常設展を見て周り、最後に皆でカフェで飲食して帰る」という事例も多数ありました。

そんなこんなで最終的な動員数は

多分200人とちょっと

なぜ正確な人数が分からないかというと、用意したパンフレット180部が完売して以降正確なカウントができていないからです。パンフレットが無くなって以降も一応受付で「正」マークで数えていたのですが絶対に誰かがどこかで間違ってるから動員数は謎のまま。パンフレットは一部300円で入場料として全員購入制にしたので、完売した時点で5万4000円の売り上げになるはずですが、「もうパンフレット完売しちゃったので入場無料でいいです」と言っても「いいえ。遅く来た私が悪いのでちゃんとお支払いします」と律儀に300円払ってくれた人も何人かいたので実際はもうちょっとあります。

イベント開催中の運営自体はそんなに大変ではありませんでした。PA&ステージ使用料が別で(しかも6000円と当時としては結構な値段設定だった)、それらの使用を断念したのでステージイベントやBGMの管理も必要なく(BGMはCDラジカセで対応)、コスプレイヤー用の更衣室を作るのが面倒だったのでコスプレもなし、受付と自分のスペース、委託作品の販売場所を全部一列にくっつけたので店番も基本自サークルのメンバーで対応可能。イベント中に比べたらイベント前の事務仕事の方がはるかに大変でした。

それにしても印象的だったのはイベント終了後に残された大量の綿埃と足跡。綿埃なんて西部劇の決闘シーンで転がるタンブルウィードかというくらいコロコロ塊になって転がっていて、5時間(11:00〜16:00)という短時間に200人以上が一ヶ所に集まるとこんなにも汚くなるものかと心底実感しました。これは掃除担当の人に悪いなあ…もしかして美術館の事務所の人に苦情でも言われるんじゃないかと心配になりましたが、最後に挨拶に行ったら予想外に大好評。「タクシーの運転手が今日は妙に忙しいと不思議がっていた」「カフェの米が予備分まで完売してパスタものしか出せなくなった」「1日あたりの入場者数ではおそらく今日が最多記録」「次からは役場に地域振興の補助金を申請すればいい」などいろいろ言われました。

しかし、私がここでイベントを主催したのはこれ一回きりです。というのも、このイベントの開催時期は私が進学のため上京する1週間前だったからです。幸いイベント当日に参加者の忘れ物などの問題は発生せず、後始末のような作業もなく、せいぜいやることは委託作品の清算・返送をするくらい。最終的に手元に残った5万円前後の金も上京後にあっという間に使い果たしてしまいました。

果たして現在、同じ場所で同じようなイベントができるだろうか?とたまに夢想しますが、まず不可能でしょう。確かにインターネットの出現によって宣伝告知も楽にできるようになったし、参加申し込みや出展料の決済もオンラインでペーパーレス化・簡素化しようと思えばできます。ところが肝心の出展者と来場者が見込めない。秋田県は日本最速で少子高齢化と人口減少が進行し、一人当たりの県民所得額ランキングが42位というボロクソ貧困ディストピアです。同人活動をしたり、それを楽しんだりするユーザー層の中心はやはり若者であることを考えると、同人云々の前に秋田県で若者向けのもの作りを主体としたイベントを開催すること自体が非常にリスキーです。
さらに当のまんが美術館自体が大規模リニューアルしムチャクチャ立派な美術館になってしまったうえに、大規模合併でこの美術館に限らず自治体の公共施設全体の管轄が地元の町ではなく併合された”市”に変わりました。それに伴い利用規約も変更され、現在の市の公共施設の規約では「営利目的のイベント」「金銭授受の発生するイベント」は開催できません。これについては非常に理不尽だと思います。地域外の企業の営利目的のイベントならいざ知らず、地元住民が企画するイベントで多少の金銭授受が発生することの一体何が悪いのでしょうか。市の予算や補助金をあてにして動員数や経済効果もロクすっぽ計測・データ化していないうすぼんやりしたイベントよりはよっぽどマシだと思うのですが。

なお、現在のまんが美術館はリニューアル後、年に複数回大規模な特別展を開催し、展覧会だけでなく漫画の生原稿の保存・管理も行い、カフェも”映える”メニューを多数展開する本当にちゃんとした美術館となりました。興味のある方は美術館の公式サイトをご覧下さい。ただし交通アクセスは私の高校時代より悪化してしまいましたが。


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