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シベリア鉄道で行こう

※以下の情報はすべて2016年8月訪問時のものです。
 旅好きならば一度は考えたことがあるのではないか。「シベリア鉄道に乗ってみたい!」と。
 シベリア鉄道といえばユーラシア大陸を横断する長距離列車。最長のモスクワ−ウラジオストク間を往くには1週間の乗車が必要。さすがにそれはちょっとハードルが高い。そこで、偶然知った、シベリアのイルクーツクとモンゴルのウランバートルを結ぶ区間のシベリア鉄道。2泊3日の旅だ。これくらいならちょうどいい!シベリアもモンゴルもいつか行ってみたい土地だった。
 個人旅行だが、ロシアはビザも含めいろいろ面倒なので、手配は旅行代理店にお願いした。あまり詳細な事前情報はなく、4人のコンパートメントで、上の段のベッドが予約されている、あとは現地のガイドに確認してほしいとのこと。自分でウェブなどで情報収集はしてみたものの、モスクワ−ウラジオストク区間のことはそれなりに情報があるが、イルクーツク−ウランバートル区間についてはあまり出てこない。ま、同じようなものなんだろう、と思い、あるブログを参考に、普段とは異なる荷造りの準備をした(これら持ち物については後述する)。でも、あまり詳しく調べすぎても現地での楽しみが薄れるので、ちょっと不安が残るくらいでいいかな、という心持ちで出発した。

 いざ、イルクーツク。現地ガイドでブリヤート人のアンドレ(英語が話せる)がシベリア鉄道の発着駅へ案内してくれる。やけに立派で美しい駅舎。入口がいくつかあり、飛行機のビジネスクラスのように、上級車両の予約客は別の入口、別の待合室がある。この上級車両の待合室には大きな荷物を預かってくれるカウンターがあるので、私はイルクーツクの街中を観光する間、ここに荷物を預けていた。
 駅構内に英語の案内はあまりなく、ほぼロシア語。アンドレがいてくれて本当に心強かった。列車の出発時刻が近づくと、待合室からプラットフォームに行くよう、ロシア語のアナウンスがある。屋外にあるプラットフォームには銀色と緑の車両が連なっていた。列車や、多くの乗車客、車掌を見ると、一気に列車旅独特のえも言われぬ旅情が押し寄せて来た。アンドレ曰く、客車はモンゴル仕様(?)が緑で、銀色のものはモスクワからきたものだとか。彼の説明によれば、ウランバートルまでの列車はここイルクーツクが始発で、ウランバートルが終点なので、乗り過ごしたりする心配はないとのことで、これは一安心。車両番号を確かめ、緑色の車両に乗り込む。車掌はモンゴル人の女性。英語はあまり通じなさそうだが、まあなんとかなるだろう。

 車内は狭い。乗り込んだ途端、なんともいえないニオイがむわっとした。狭い通路(人がすれ違うのも大変)を歩いて自分のコンパートメントへ向かう。どうやらどのコンパートメントにいるのも外国人観光客のよう。英語やドイツ語が飛び交う。私のコンパートメントはオランダ人の女子大生2名と、ラトヴィア出身でスイス在住の女性1名と私。全員英語の通じる女性で正直ホッとした。コンパートメントは向かい合わせの客席が上段・下段に分かれており4名が一室。コンパートメントの入口にはスライドドアがあり、鍵もかかるが、4名それぞれのスペースには日本の寝台列車のようにカーテンなどはついていない。男女混合の場合は着替えなどちょっと気を使いそう…。
 列車の出発は21:08のはず。定刻通りの出発であったのかどうかは確認しなかったが、大体そんな程度の時間だったように思う。荷物を収納したり、整理したり、窓を開けてコンパートメントの空気を入れ換えたり、ガイドのアンドレと別れの挨拶をしたり、バタバタしている間にゆっくりと列車が動き出した。その頃には外はすっかり日が暮れていた。

 同室の3名とも、モスクワからイルクーツクまで、シベリア鉄道で移動してきたのだという。イルクーツクで数泊して、再度、この路線に乗り、ウランバートルや北京を目指す。ラトヴィア人の女性はツアーで、他の仲間が別のコンパートメントにいるそうで、完全に一人旅なのは私だけだった。彼女たちの話によれば、この車両のモンゴル人の女性車掌は良いかんじだし、車両もロシア号より古いけど、くつろげるかんじがする、とのこと。各人に配付されたシーツなども、ロシア号では変なニオイがしたけど、今度のは大丈夫!と大はしゃぎしていた。私が「でも、車掌はどちらかといえば愛想悪いかんじしない?」と聞くと、オランダ人女子大生2名が「とんでもない!!前のロシア人の車掌はもっともっともっとすごかった!!ニコリともしない!!最後に下車する際に、ありがとうといったら、右の唇の端を1mmだけあげた!!あれが最大限のスマイル!!」と大仰な身ぶりで話してくれて、さもありなん…と思いつつ、今回は恵まれている方なのか…?という気持ちになった。
 シベリア鉄道の先輩である3人に窓の開け閉めの仕方、外を見るのに邪魔なカーテンのしまい方、トイレや洗面所の使い方などの指南を受ける。
トイレは一応、車両の前後に男性用、女性用と1つずつあるが、男女共に、近い方を使う人が多いよう。人によっては、ちゃんと区別された方を使用している人もいるので、まぁ、どちらでもよいのだろう。中の作りは同じ。小さな洗面所と洋式のトイレ。ものすごくきれいというわけではないが(古いので)、心配したほど汚くもなく、車掌が定期的に掃除をしてくれている。すごいのはその仕組み。ブログなどで読んではいたものの、いざ、事後に流してみると、便器の底がパカッと開き、走る列車の下の線路が見えて、そこに便器の中味が落ちて行く…。豪快というかなんというか…。この仕組みのせいで、駅に停車する前後30分はトイレは施錠され、使えなくなってしまう。やはり人が行き交う駅の周辺が糞尿まみれなのはまずいという判断なのか…。トイレットペーパーの紙質は心配したほどひどくはなかった。以前、ロシアを旅した時は、あまりにゴワゴワでキッチンペーパーやわら半紙のようなトイレットペーパーに出会って辟易とした。
 車両の連結部分にはサモワール(給湯器)があり、いつでも熱々の熱湯が出て、自由に使えるのでとても便利。シベリア鉄道について調べていた際に、食堂車についてもいろいろ言及されていたので、一度くらいは試してみたかったのだが、生憎、イルクーツク−ウランバートル区間を走る列車には食堂車がついていなかった。なので、停車した駅で何か買ったり食べたりするか、持参した食料でなんとかするしかないのだ。少し多めにカップラーメンやカップスープの類いを持ってきていたので特に困らなかったが、汁物は汁を捨てるのがちょっと面倒だった(結局、トイレというか、線路に流すのだが…)。
 初日は乗車時にはすでに外が暗く、車窓を楽しむこともできず、終日イルクーツクを観光した後で疲れてもいたので早めに就寝。上段のベッドにははしごというよりは、足をひっかけるところをよすがにして、よじ登るかんじ。もちろん決して広くはないが、予想の範囲内。下段の客は、椅子の座面をあげて荷物を入れられるようになっているので、そこに収納。上段の客は天井部にある棚に荷物を収納。よく使うものや食料などは別の荷物にしてすぐ出し入れできるようにして、それ以外の荷物を棚に収納すればよいので不便はない。
 寝台車の上段で寝転がり、車輪のきしむ音や窓枠がガタガタする音を聞き、ガタンゴトンと揺れを感じて眠りにつきながら、私が小さい頃、父の実家の九州に帰省する際、毎年家族でブルートレインに乗っていたのを思い出した。旅の前、友人などに「今度、シベリア鉄道に乗って2泊3日なんだ」と話すと、一様に皆から、「え!!すごいね!!大丈夫?」などと言われたが、私にとっては、この小さい頃のブルートレイン経験があったので、そう抵抗がなかったのかもしれない。基本的にどこでも寝られる性質なので、直に眠りにつき、1泊目。

 翌朝は7時過ぎに目が覚めた。他の3人はまだ寝ている。コンパートメントのスライドドア(たてつけが悪い)を開けると結構な音がするので、30分くらい躊躇したが、トイレにも行きたかったので意を決して起き上がる。できるだけ静かにベッドの上段から降り、コンパートメントの外に出ると、通路側の窓からは素晴らしい景色を見ることができた(上段には窓がないのだ)。通路の座りにくい椅子にかけて、ぼーっと景色を楽しむ。そう、こういう時間こそが、列車旅の醍醐味!
 8時過ぎには皆、続々と起きて来て、それぞれに持参した朝食を食べる。私はイルクーツクでアンドレがオススメしてくれたパン屋で購入したパンと、持参した紅茶。なだらかな緑の山やバイカル湖などの美しい景色を堪能しながら、のんびりと、和やかな時間を過ごした。この時間が一番楽しかったなぁ〜。ラトヴィアのおばさんはkindleで本を読んだり、別のコンパートメントの仲間と話したり。オランダの女子大生2人はトランプをやったり、クロスワードパズルをやったり。皆、それぞれにのんびりと過ごしている。3人共、この区間の景色は、これまでで一番美しいかも!と言っていた。そう言われると、この区間しか知らない私はラッキーな気がして嬉しかった。
 このようにすこぶるイイ感じに過ごしていた2日目の午前中だったが、昼頃、ロシア側の国境駅、ナウシキで停車。なんと、車両交換や出国審査等のため、5時間も停車するという!特にこのことについては事前に知らなかったため、面食らった。まずは、仏頂面の博覧会かと思うほど、次から次へと現れる、オール仏頂面のロシア人係員に、やれパスポートだ、荷物チェックだと言われ、出国審査の手続き。これだけで1時間。日本だったらもっと効率よく20分もかからずできそう。係員は英語をまったく話してくれないので、ロシア語のできるラトヴィア人のおばさんのおかげでなんとか状況がわかるという始末。このプロセスが終わると、とりあえず、出発30分前くらいまでに戻れば外に出ても良いとのこと。停車した列車の車内は蒸し暑いので、外に出てみる。駅舎を抜けて、外に出てはみるものの、ここは単なる国境駅。周りに何があるわけでもなく、閑散とした田舎町。すぐに手持ち無沙汰になり、駅に戻り、プラットフォームで極甘のロシアコーラを飲みながら、ぼーっと出発を待つ。なんとなく人々の作業の様子を眺めていたが、日本なら、すべての工程を40分程度で終えて出発できただろうなぁ、と思った。とはいえ、こうした時間も旅の醍醐味…、とこの時はまだそう思う余裕もあった。

 5時間の後、ようやく列車が出発。また車窓を楽しめるー、と喜んだのも束の間、程なく、今度はモンゴル側の国境駅、アルタンボラクに、今度も2時間半停車するという。マジかーーーーー!?思わず叫ぶ。こちらは入国手続きをしているので、駅舎の外には出られず、駅舎内までの外出が認められた。今度もプラットフォームでぼーっと過ごしながら、日が暮れるのを眺めていた。もっと車窓の風景を満喫したかったのに、せっかく天気も良かったのに、結局この日は、日中7時間半も駅に留め置かれた。これらの停車時間を節約すればイルクーツク−ウランバートル区間は1泊2日、いや、なんなら1日で着いてしまうのではないか(国境駅以外でも夜の間など、何カ所かで小一時間停車していることがあった)。ある意味、これぞ、シベリア鉄道なのかも…と思うに至った。
 モンゴルに入ってから、明らかに列車の揺れが増した。線路の整備状況がロシア側より悪いのだろう。びっくりするくらいの音と揺れで、夜の眠りは前夜より浅かった。こうして2泊目が過ぎる。

 いよいよシベリア鉄道2泊3日の旅、最終日3日目の朝。6時前に車掌が各コンパートメントの扉をドンドン叩いて起こしてまわる。皆、眠そうに起き出し、洗面所とトイレの行列。着替えや荷物の整理をして、7時前についにウランバートルに到着。長かったような、短かったような、不思議な2泊3日だった。

 実は、いろいろなブログやシベリア鉄道の旅を綴ったエッセイなどを見ると、乗り合わせた客同士、特に地元の人たちとの、心暖かな交流がシベリア鉄道の醍醐味と書かれていたので楽しみにしていた。言葉が通じなくても、酒好きなロシア人やモンゴル人のおじさんたちと仲良くなりたい、と思って、スコットランドを旅した際に買い込んできたミニボトルのスコッチを何本も持参していた(なぜスコッチかといえば、私の中では、常温で氷も何もない状況で飲んで美味しい酒はスコッチしかないからだ)。しかし、時期的に仕方なかったのだが、車両はすべてツーリストだったし、同室の女性3人は酒を飲むタイプではなかった。和やかに会話もしたが、下車の際、連絡先を交換するというところには至らなかった。そもそも、2泊3日とはいえ、1日目は21時に乗車して寝るだけだし、3日目は早朝に到着なので、実質はほぼ1日。ユーラシア大陸を横断する1週間ほどのシベリア鉄道の本線の旅とはだいぶ状況は違うのだろう。この点、若干残念ではあった。とはいえ、兎にも角にも、シベリア鉄道に乗って旅をした、ということで、私はかなり満足した。不便やイライラすることもあったけど、それも含めての体験として、旅のネタとしては十分に充実したものだった。万人には決してオススメしない。でも、物好きな方には、そんなにハードルも高くないので、是非一度チャレンジしてみていただきたい。私自身、いつかまた、モスクワ−ウラジオストク間の旅もしてみてもいいかも、と秘かに思っている。

追伸:以下、実質的なアドバイスとして、私がシベリア鉄道乗車に際して持参して便利だったもの等を記す。

食料:熱々の熱湯だけは豊富にあるので、インスタントラーメンやカップスープなど持参するとよい。どう考えてもロシアのスーパーで買うものよりも、日本から持参したものの方が美味しい。おやつもいろいろ持参した。
お茶、コーヒーなど:私はお茶派なので、紅茶や烏龍茶、ハーブティーなどのティーバックを持参した。
割り箸やスプーンなど:私はコンビニでもらった割り箸と、キャンプ用のプラスチックのスプーン、フォークなどを持参。
紙コップ:歯を磨く際などあると便利。
タンブラー:蓋があって、底面にゴム加工してあり倒れにくい保温のタンブラーがオススメ。
汗拭きシート:シャワーはないので快適に過ごすには必須。ただ、シベリアもモンゴルも乾燥していて涼しいので、汗でべとつくということはあまりないはず。
歯磨きシート:無印良品で売っていたのを持参してみた。洗面所が混んでいる時など、これですましてしまうことも…。
小さめのタオル:顔を洗ったりの後に。あまり大きいものは邪魔。
ウェットティッシュ、ティッシュ、トイレットペーパー:ロシアでも購入可能だが、日本製の方が上質。トイレットペーパーは念のため持っている方が安心する。
本、音楽など:時間はたっぷりある。
大容量の充電池:私が乗車していた車両には1カ所充電できる電源がついていたが、奪い合いだったし、充電の間、盗まれないように近くにいなければならず、不便。私は電源がないことを想定していたので、容量の大きめのバッテリー(しかし、飛行機に持ち込める容量には制限があるので、事前によく確認すること)を、スマホとkindleの充電用にフル充電で持参した。
ビニール袋:コンビニやスーパーのビニール袋。ゴミ袋や荷物の小分けなどに重宝。
手元用ライト:上段にいると電気に手が届かない。コンパートメントの電気を消されている時に、自分の荷物の探し物をしたい際などに便利。
手荷物:上記のようなものは、その他の旅の荷物と別にエコバッグなどに入れておくとよい。乗車前に手荷物の仕分けをしておくと、狭い列車内であれこれ探さないですむ。貴重品(パスポートや財布など)も別途、自分の身につけていられるように注意。
車内での服装:私は乗車前にすでにジャージとTシャツという格好で、そのまま3日過ごしてしまった…。寝る時もそのまま(ずぼらすぎる)。他の乗客は、日中はやはりジャージや短パンなどの楽な格好で過ごし、寝る時には更に楽そうなタンクトップと短パンなどに着替えている人が多かった。
飲料水:車内で車掌が販売もしてくれるようだが、数が足りなかったり、欲しい時に持って来てくれるわけでもないので、乗車前に購入しておくのがよいだろう。私は乗車前にキオスクで1.5リットルを2本と、小さい500mlを1本購入しておいて、少し余るかんじだった。小さいボトルの方が飲みやすいので、ちょこちょこ大きい方から移し替えていた。
ウランバートル到着時は7時すぎと早朝ではあるが、駅構内にある両替所は開いており、両替可能だった。
シベリア鉄道のチケットはモスクワ時間で記載があるので、現地時間との時差に気をつけないと、乗車時間などを間違えて大変なことになる。要注意。
<了>

#旅 , #旅エッセイ , #シベリア鉄道 , #シベリア , #モンゴル

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