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犬ぞり疾走記

※以下の情報は全て2013年1月体験時のものです。
オーロラ爆発でオーロラの見える確率がかなり高い、と言われていた2013年冬。どうしてもオーロラをこの目で見てみたかった私が選んだのはカナダのホワイトホース。日本人にメジャーなのはイエローナイフだったが、あえてホワイトホースを選んだのは、オーロラが見える確率が高いということ、イエローナイフよりは観光客が少なそうなこと、ユーコン野生動物保護区があることが理由だった。
オーロラを見るのはもちろん夜なので、日中はのんびり過ごすか、自分で予定を入れることになる。しかし、予定といっても、極寒の田舎町。オーロラを見るのだから当然そこはすこぶる寒くて、夜になれば真っ暗になるような、小さな小さな町なのだ。そんなわけで、選択肢はごくごく限られてくる。
一日はホワイトホースを選んだ理由のひとつ、ユーコン野生動物保護区へ行くオプショナルツアー。このプランには犬ぞり体験がついていた。犬ぞり用の犬たちを趣味でたくさん飼っているお宅(本業は弁護士と聞いた)の裏庭にある池(といっても相当な大きさと規模)で、一時間半ほどの犬ぞりの「お試し体験」ができた。これは、日本のツアー会社が手配した日本人向けのもの。それでも、真っ白い世界で、ワンワンワンワンと元気に吠えて飛び跳ねて走り回りたがるそり犬たちと、若い頃のサンタクロースのような見た目(それを見たことはないけれど)のガイドのお兄ちゃんと二人乗りで、凍った池の上をぐるぐると犬ぞりで走り回ったのは爽快で楽しかった。そして、これをもってして、犬ぞり、楽勝!…と思ったのが甘かった。

別日に、自分で現地のツアー会社(Nature Tours of Yukon)の犬ぞり半日コースに申し込んでいた。ホテルに迎えにきてくれたのは、ツアー会社の代表でメールでもやり取りしていたJoostさん。体格のガッシリした年配のオランダ人のおじさん。でっかいSUVで、小さなホワイトホースの町中をあっという間に抜け、往けども往けども白銀の山が眩しく見える山道を小一時間。到着した場所は小さな山小屋。私もそこに荷物を置き、怪我しても死んでも自己責任だから文句言いませんの書類にサイン。私の他には、若いアメリカ人のカップルがいたが、二人は私より先に到着しており、先に小屋を出て行った。Joostは、「じゃ、また夕方頃に迎えに来るから!」と言って、多くを説明せずに帰ってしまった。そこで引き継がれたのは、犬ぞりガイド。見るからに寡黙な山男の風貌。強面だけど、心根の優しそうなおじさん。彼に促されて、小屋を出る。
小屋から斜面を降りると、ちょっと拓けた場所に無数の犬小屋があり、それぞれの小屋につながれたそり犬たちが興奮して、吠えて騒いで、犬小屋の屋根によじ登ったり、犬小屋の周りをぐるぐるしたり。どの犬も、「オレ!」「オレ、オレ!!」「いやいや、オレだ!!」とそれぞれに自分が走りたいと主張している。みんな相当に興奮しているようだが、なぜか怖くはなく、ポジティブな気が満ちている。

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この日の犬ぞりは6頭立て。前日のお試し犬ぞりは4頭立てだった。やはりパワーが違う(それは走り始めてから体感)。心なしかそり犬たちも皆、昨日の犬たちよりもイカツく見える。
前日のお試し犬ぞりは、ガイドと二人乗りだったし、見える範囲をぐるぐる周るだけだったが、今回はガイドの犬ぞりの後を追う、つまり、一人でそりに乗り、操縦しなければならない。ルートもまったくわからない。そりの操作法は、減速と停止のふたつのみ。3分程の説明のみで、とにかく、道は犬たちが知っているから心配するな。じゃぁ、行くぞ。…と、あっという間に彼は自分の犬ぞりを操って出発してしまった。
私も慌てて犬たちにGoの合図を出すが、みんなあんなに走りたがっていたのに、いざ出発となると、完全にこちらをなめており、だらだらと歩いたり、脇道にそれたり、オシッコしたり、全く前に進まない。初心者なのが見透かされているのだ。それに気付いたガイドが自分のそりを止めてこちらに歩いて戻って来て、犬たちを叱咤し、前に走るように促す。犬たちはイヤイヤながら、なんとか走り出す。そして、一旦走り出すと、おそらく後ろに乗せている私のことなど、どうでもよくなり、興奮してとにかく前へ前へとひた走る。

走るのは何もない、いや、雪とトウヒの木々だけがある山間。道は、前のガイドの犬ぞりが作るけもの道(まさにその名のとおり)。この日の気温は、この時期のこのエリアとしては比較的暖かいマイナス3度程度。しっかり防寒対策をしていたし、6頭のパワフルな犬が引っぱるそりに掴まってバランスを取りながら立ち続けるのは、結構な筋力を使うので、汗が出るほど。お天気に恵まれ、真っ青な空と真っ白に輝く雪がとにかく美しい。行けども行けどもトウヒと雪しかないので、同じ景色しかないのだが、それでも、まったく見飽きることがない。
一面、白く輝く雪とトウヒしかなく、遠くには白い山々が見える。前のガイドの犬ぞりが通ったけもの道以外は1mほどのフカフカの雪が積もる白銀の世界。前を行くガイドの犬ぞりはまったく見えない。その中を、6頭の犬たちのハッハッハッハッハッハッという呼吸の音、つぁくつぁくつぁくつぁくと雪の上を走る犬の足音、その後をすべるそりのざざざざざっという音。それらの音すら、まわりを取り囲む雪に吸い込まれ、鼻先での自分の呼吸音が大きく聞こえるくらい。この世界に自分と犬たちしかいない。そんな心細いような、心強いような、不思議な気持ちで駆け抜ける白銀の世界は本当に美しく、泣きたいほど美しい青空と、清冽な空気が自分を満たし、こんな幸福な経験は人生の中でもそうは訪れないと確信した。
何度かカーブを曲がるところでは、犬の勢いをうまく制御できず、そりから放り出されてしまった。しかし、厚い雪がクッションがわりとなり、幸いにして怪我はなかった。むしろ、宙にとんだ自分があまりにおかしく、一人で大爆笑してしまう始末。子どものように雪の上に大の字にひっくり返り、ワハハハと声をあげて笑い転げる私に、ガイドが気付いて助けにきてくれる。犬たちも、なんだこいつ、という顔で見ている。こんな清々しいことは滅多にあるものではない。

そうはいっても、さすがに、これはいつまで、どこまで続くのか…?そりに必死に掴まる親指が段々痛くなり、つりそうだ…と不安になった頃、またしてもそりから放り出される。先導するガイドが助けに来てくれたが、その際、彼自身の犬ぞりをきちんと固定できていなかったらしく、彼を置いたまま、犬たちが走り出してしまった。結局、ガイドと私が、私の乗っていたそりに2人乗りして、無人で走り去ってしまった犬ぞりを追う。ところがしばらく行ったあたりで、どうやら、ガイドを乗せていないことに気付いた犬たちが、「おかしいぞ?」と思って、止まって待っていた。さすが、賢い!そり犬たちの賢さ、忠誠心も見られたところで、ガイドは自分のそりに乗り直す。もうじき、ゴールとのことで私も一安心。
結局、2時間半ほど、ひたすらに雪山を犬たちと駆け抜けた。最後には、6頭のそり犬たちと連帯感を感じた。そり犬たちも、最初はバカにしていたものの、後半はそれなりにこちらの操縦に従ってくれたこともあり、少しなりとも同じような気持ちだったのではないかと思う。息を切らせながらも満足げな犬たちを撫でてやる。相当の疲労感と充実感があった。

その後、アラスカの静かな湾でシーカヤックをした時にも、アイスランドで馬で荒野を散歩した時にも感じたのだが、エンジンなどの人工的な動力によらない、たとえば、犬ぞりやカヤックや馬などで自然の中を移動するというのは、自分が無理なく自然の中にとけ込んでいるような、自然の一部としてそこにあるような感覚を味わえて、清々しく格別だ。日本式に過保護でないアトラクションのあり方も、少々のリスクは感じるものの、それゆえの大きな充実感をもたらしてくれることを実感した。また、どこかで犬たちと一体となって疾走する快感を感じたい。
(実際この後、2017年にはフィンランドのラップランドで犬ぞりを再体験しました)

<了>

#旅 , #旅エッセイ , #犬ぞり

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