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「在りし日」を求めて。新版画で旅する日本

ゆるっと知る絵画
芸大生の筆者が、実際に観て感動した絵画をセレクト。
作品の魅力をゆるっと知ってもらえる情報をお届けします。

ゆるっと知る絵画 vol.4: 川瀬巴水《日本風景集II 関西編 京都清水寺》(1933年、渡邊木版美術画舗)



清水の舞台に、男が1人。
空は深い青に澄み、星が高く煌めく、静かな夜。

川瀬巴水(かわせはすい)の《日本風景集II 関西編 京都清水寺》は、夜の清水寺を描いた作品です。
夜空の青色や舞台の光には、独特のかすれ・グラデーションの技法が用いられています。

この作品は、油絵でも水墨画でもなく、版画、それも「新版画」と分類される作品です。

新版画の誕生

版画といえば、真っ先に「浮世絵」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。下絵を基に木版を作り、絵の具を流し、紙を摺る。江戸時代では様々な作品が生まれ、庶民に広く受け入れられていました。
しかし、明治時代に入ると、文明開化の影響から徐々に衰退します。そんな中、伝統的な版画を生活の中に戻したい!という流れから「新版画」は生まれました。

火付け役となったのは、渡邊庄三郎という人物です。彼は版元、つまり現在でいう出版社サイドの人間として、より芸術性を強調した「新版画」を模索していました。そんな折に出会った川瀬巴水と制作した作品が人気を博しまし、川瀬巴水は「新版画」を代表する人物になります(注1)。

旅と巴水

巴水の作品がヒットした理由。それは彼が「日本の風景」を多く描いたことによるでしょう。

「今の私に何が好きだと聞かれましたら、即座に旅行!と答へます」(注2)という彼の言葉が残っているように、巴水は大の旅行好きでした。
北海道から九州まで日本全国を訪れ、「旅みやげ」「日本風景選集」という連作集を発表し、多くの風景画を残しました。

目まぐるしく変化する時代を生きた人々にとって、巴水の描く風景は「日本」を強く実感させ、懐かしさを感じさせるものだったのではないでしょうか。

(渡邊庄三郎は積極的に作品の輸出を行っていたため、あえて「日本色」の強い作品をプロデュースしたという背景もありそうですが……)

清水寺、今と昔

今回取り上げた《日本風景集II 関西編 京都清水寺》は正に、清水寺というシンボルから「日本」を感じることができます。

舞台に立つ男は作者の巴水自身とされています。
彼が見下ろす先には、月明かりとは毛色の違う光が灯っています。電灯でしょうか。ネオンでしょうか。

変わりゆく街。変わりゆく人々。しかし、清水寺は変わらず、ただ静かにそこに在る。

現代に生きる私たちにとって、清水寺は多くの観光客や修学旅行生たちで賑わう場所です。
違う時代の、同じ場所。
版画特有のざらついた質感も相まって、これが「在りし日の清水寺」であると、巴水の回想シーンのように体験できるのです。

今後の展覧会

著者は、2023年「えき」KYOTOにて、 「THE 新版画 版元・渡邊庄三郎の挑戦」にて本作品を鑑賞しました。
本展は2022年から全国を巡回中で、現在は秋田県立近代美術館で開催されています。
巴水だけでなく、同時期に制作された新版画の作品も多く登場する、とても見応えのある展示でした。

また、今後も大阪歴史博物館での特別展が企画されているため、新版画を直接鑑賞できる機会はたくさんありそうです。

ぜひ、巴水と共に日本を旅し、在りし日の日本を楽しんでみてください。


参考文献
(注1)清水久男監修『川瀬巴水決定版 日本の面影を旅する』、2017年、平凡社。
(注2)同上書


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