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【小説】ファンタジースキーさんに100のお題:003

天界

『まもなく発車します』
 無機質な女性の声が車内に響き、扉が閉まった。
 そして、その【バス】は走り出した。

★   ☆   ★

 1人用の座席に腰かけて、少年は走るバスの車内を静かに見回した。
 乗客はまばらで、おじいさん、おばあさんがほとんどだ。たまに、少年と同じくらいか、それ以下の子どももいる。
 彼らは少年と同じく、不安そうに車内や外の風景を見つめていた。
 車内に特に何もないことがわかると、少年も他の乗客にならって、バスの外に目をやった。
「うわぁ!」
 少年は目を丸くして、つい、大きな声をあげてしまう。それに反応して何人かが少年の方を振り返るが、外の景色に目を奪われた少年は気づいていない。
「すごい、すごい!」
 興奮して、少年はなおも叫んだ。

 バスは、空を飛んでいた。

 上昇を続けるバスに乗って、少年は天へと昇っていた。
 それほど高度は出ていないのに、誰もこのバスに気づいていない。空飛ぶバスなんて、見つかったら騒ぎになるに決まっている。それなのに、誰もそれに気づかずに普段通りの日常を過ごしている。
 ちょうど、少年の目線の先に通っている学校が見えた。
 それと同時に、見たくないものも見つけてしまって、少年は顔をしかめる。こんなステキなものに乗っている時にまで、彼らの姿を見たくはなかった。
 せっかくのステキな景色だけれど、それ以上彼らの姿を見ていたくなくて、少年は再び車内に視線を移した。
「ねぇねぇ、おにいちゃん」
 突然響いた声に、少年はびっくりして、肩を震わせた。
 声のした方を向くと、そこには少年よりもだいぶ年下の男の子がいた。
 男の子はひとつ前の席から後ろを向き、座席の背もたれの上からちょこりと顔を出して、少年を見つめている。
「何?」
「おにいちゃんは、どうしてしんじゃったの?」
「なっ!」
 衝撃が全身を駆け巡り、すとんと体から力が抜けおちる。
 目の前にいる男の子が何を言っているのか。頭では理解できても体が言うことを聞かない。
「だいじょうぶ? おにいちゃん」
 男の子は、へたり込んでしまった少年を不思議そうに眺めている。
「だ、大丈夫だよ。それより、死んじゃったって、どういうことかな?」
 なんとか気を取り直して、少年は男の子に尋ねた。
 男の子は、首をきょとんとかしげて、少年を見ている。どうやら、少年の質問の意味がわかっていないらしい。
「どうして、死んじゃったんだって、わかるんだい?」
 少年は質問を変えた。どうにも、自分のおかれた状況が理解できていないのは、少年の方だけらしい。
「だってね。カラダがとってもかるいんだよ。ボク、ずっとベッドの上でねてて、ぜんぜんうごけなかったのに。イマなら、おそらだってとべそうなくらいだもん」
 動けるのが嬉しくてたまらないのか、飛び跳ねんばかりに大きなジェスチャーをつけて男の子が答える。
 しかし、だとしたら、どうして少年はこんなところにいるのか。その理由は本人にもさっぱり検討がつかない。
「ボクはね、きっとビョウキでしんじゃったんだ。でもね、おにいちゃんはどうしてしんだのかなぁ?」
 男の子が年齢相応の無遠慮さで、少年に同じことを尋ねる。
 だが、少年にはどう考えても、自分が死ぬ理由は思い浮かばなかった。
 確かに、【彼ら】の理不尽な行為に耐えかねて【自殺】を考えたことはあるが、実行に至ったことはない。もちろん、この男の子のように、病気がちだったということもない。むしろ、体は強い方だ。
 それならば――
「きっと、おにいちゃん、ジコでしんじゃったんだね」
 心の中で考えていた答えを先に男の子に言われて、少年は目を丸くした。
「どうして、わかったんだい?」
 なるべく、平静を装って聞く。
「だってね、ボクみたいにビョウキだったら、なんとなくわかるとおもうんだ。でも、ぜんぜんおもいつかないってことは、ジコにあったんじゃないかなぁ……って」
 自慢げな笑顔で男の子が答える。なかなか頭の回る子らしい。
「実は、ちょうど僕もそう考えていたところなんだ」
 自分よりもかなり年下の男の子のペースに乗せられたくなくて、少年はなんとかこう言ってごまかした。
「ねぇねぇ、おにいちゃん。ボクたち、これからどこにいくんだろうね。ボクはね、テンゴクにいくんだとおもうんだ」
 少年の言葉は聞こえなかったのか、男の子は話題をがらりと変えてしまう。ごまかすことすら許されなかったような気がして、少年は小さく苦笑をもらした。
「そうかな? 僕は閻魔様のところに行くと思うけど」
「えーー、ぜったいちがうよ。だって、おそらのうえにはテンゴクがあるんだよ。だから、テンゴクだってば」
 少年の答えが不服だったらしく、男の子は全身を使って、それに抗議した。
「だったら、君は閻魔様はどこにいると思うの?」
 にやり、と少年は口元を歪める。大人げないのだが、してやったりと思った。
「う、うーーん、やっぱり、ジメンのした、じゃないのかなぁ……」
 不確かな感じの男の子の答えに、少年はさらに気をよくした。
「閻魔様も、お空の上にいるんだよ。それで、やってきた幽霊たちを調べて、悪い人だったらお空の上から地面の下まで落としちゃうんだ」
 まったくもっ根拠のない話なのだが、男の子よりも少しでも優位な立場に立ちたくて、少年は嘘をついた。
「そっかー、じゃあ、ボクたちもおとされないようにしないとね」
 男の子はすっかり信じきった様子で、少年の言葉に頷く。大人げないのは重々承知の上だが、さっきの仕返しができて少年は気分がよかった。
「じゃあ、これからいく、えんまサマのところは、なんてナマエなんだろう?」
「え?」
 突拍子もない疑問に、少年の口から頓狂な声が出る。
「だって、いいユウレイがいくところがテンゴクでしょ。わるいユウレイがいくところがジゴクでしょ。じゃあ、えんまサマのいるところは、なんていうのかな? ナマエがない、なんてことないはずでしょ?」
「あーーっと、それは……」
 これには、さすがに少年もまいってしまった。もともと【閻魔様の話】自体が勝手に作った嘘っぱちなわけなのに、そんなことわかるわけがない。
 腕をくんで、少年はうんうんと唸る。そして、はっとひらめいた。
「行けば、わかるさ」
 なんとも意地の悪い顔をしているということは自覚しつつも、少年は大人ぶった行動をやめられなかった。
「ま、そっか」
 男の子も、一応は納得したらしい。にこにこと笑って少年の方を見ている。
 その笑顔が自分の心を見透かしているようで、少しばかり居心地が悪かった。

★   ☆   ★

 音もなく、バスが止まった。
 少年と男の子は互いに顔を見合わせる。
 他の乗客たちは不安そうな足取りで、バスを降り始めていた。
 2人は降りるみんなの列の最後尾に並んで『これから行くところの名前』についてもう一度話し合った。
「おにいちゃん、なんていうか、わかるね」
「そ、そうだね」
 男の子の視線が痛い。絶対に見透かしているとしか思えない。
 ゆるりゆるりと進む列に乗って、2人はバスから降り立った。
「ようこそ、『天界』へ」
 最後の乗客である2人が降りると同時に、優しげな男の声が上がった。
「皆様には、この道を――」
 その男は説明を続けているが、2人はもうそれを聞いていなかった。くすくすと含み笑いを浮かべている。
「天界、だって」
「だってね」
 小声で確認し合って、再びくすくすと笑い出す。
「天の世界。まぁ、もっともな名前だね」
「うんうん。テンゴクじゃないってことは、ほんとにえんまサマがいるのかもね」
 男の子の言葉に、少年は喉を詰まらせる。そんなことはお構いなしに、男の子は他の乗客たちについて、スタスタと先へと進んでいった。
 少年の嘘もすっかりお見通しだったらしい。何とも言えない悔しさが、少年の胸に満ちていた。
「他の方々についていってください」
 さきほどの男が、呆然と突っ立っていた少年を促す。その優しげな声が、さらに少年をいらだたせた。
「あーもう、年下にしてやられてるよ」
 小声で悪態をついて、少年は駆け出した。
「こらーー、年上をからかうなーー」
 手を振り上げて、少年は男の子の後を追う。
 からかうような男の子の笑い声が、辺りに響いた。

あとがきという名の蛇足

どうしよう起承転結がなさすぎてツライ。読み直して最初の感想です(笑)
冒頭のプロローグだけ残してバッサリ書き直してやろうかと、何度も何度考えました。
でも、納得できるストーリーが思い浮かばなかったので、大筋はそのままにしつつ、文章をだいぶ書き直しました。
なんで素直に天使の話とかにしなかったんや過去の自分。

写真はバスのいい感じのものがなかったので、牧場かなんかの園内バス(汽車スタイル)のものを使ってみました。
ちょっと遊びすぎたなと反省してます。

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