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疲れすぎているだけだった

こんばんは。
ここ数日死にたい気持ちが少しだけ治まり、アムカもやらなかったので、なーんだマシになってるじゃん!と思っていたのですが、休日寝て過ごしたら元気を取り戻したのか死にたい気持ちが帰ってきました。ただ単に仕事が忙しくて疲れすぎていただけみたいです。死のうとする気力すら湧かなくなることもあるんですね。身体が元気を取り戻した先にあるのが死にたい気持ちっていうのがなんとも皮肉です。


うつ病になるのは生真面目で頑張り屋さん。

なんてよく聞きますよね。でも私はそこには当てはまらない人間でした。確かに少し繊細な部分は子供の頃からあったように思いますが、真面目とは程遠く、マイペースだと周りからはよく言われていました。現にやりたくない努力は一切せず、学校も気分次第でサボり、好き勝手やっていました。不良とまでは言いませんが、良い生徒とはとても言えませんでした。
頑張った記憶も殆どありません。勉強はもちろん、運動や部活も全て中途半端。斜に構えたいお年頃だったのか厨二病だったのかは定かではありませんが、馬鹿で不器用な私が何か頑張ったところで無駄だと思っていました。大人になった今思えば、もう少しやりようがあったんじゃないかなあと思わなくはないですが。

その一方で、小さい頃から人見知りで周りの顔色を伺い、友人には優しくして嫌われないようにしようと言うところもありました。HSPという言葉を最近聞くようになりましたが、それに当てはまる部分が多いです。
環境が変わると体調を崩しがちで、ストレスから来る腹痛に悩まされていました。嫌いな人いなさそうだね、とよく言われるくらいには無理して多方面にいい顔をしていたのだと思います。内心はさておき。


全てが変わってしまったのは高校入学からです。
高校に入り通学手段はもちろん、クラスメイトは誰も知らない人。何もかもが変わり、顔色を伺うクセがどんどん強くなり、気を遣う日々に疲れ、しばらくすると登校が難しくなりました。なんとか登校しても数時間でギブアップ。保健室で泣いたりベッドで休ませてもらったりして過ごしました。周りは何も悪くないんです。いじめられた訳でもありません。保健室に私を迎えに来てくれる心優しい友人もいたくらいです。
周りの誰もが本当に優しく良くしてくれました。なのに私は何も出来なくなっていき、自分を責めるループに陥りました。こうなると抜け出すのは至難の業です。

思えば頑張っていたのかもしれません。
みんなが普通に出来ることが何も出来ない自分が嫌いで、なんとかしなければと足掻いて苦しんで。でも頑張りは認められなくて。


今でも私は自分を認めることが出来ません。何よりも自分が嫌いで、死ぬことで自分を辞められるのならばこんなにいいことはないと思っています。頑張っても頑張っても普通になれない私は、己の努力を頑張りとは認められないし真面目だとも思えません。今も怠惰でマイペースでダメダメな私のままなんです。アムカをして自分を罰しないといけないんです。

記事を書いていて、なんて生きづらそうで馬鹿な生き方をしているんだと上から見下ろしている自分もいますが、一度こうなってしまうとなかなか抜け出せないですね。だからこそ病気なんですが。先の見えないトンネルの中でもがいています。

何が正解か、どうすれば上手く死ねるのか。
そんなことを考えながら今日も眠れぬ夜を過ごします。


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