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ゴミ出しと救急車とおじいさん その2

2週間前、「ゴミ出しと救急車とおじいさん」という文章を書いた。
おばあさんがマンションのエントランスで立てなくなり、救急車で運ばれるところに遭遇した話。その時一緒にいたおじいさんに、昨日ゴミ出しでまたばったり会った。

あっと思って近づき挨拶。おじいさんはいつものようににこっと笑う。
「あれから奥さま大丈夫でしたか?」
気になっていた事を聞くと、おじいさんは笑ったまま
「いや、あのあとね、亡くなっちゃった。」
と答えた。ちょっと困ったように笑っている。
想像もしていなかった答えに私は息を飲んだ。
そうだったんですか、それは急な事でしたね・・・。なんとかそう言い、御愁傷様でしたと言って頭を下げ、寂しくなりますねと伝えた。

もともと弱っていた事もあったという。病院へ運ばれ、1週間も経たないうちに亡くなられたようだった。私は、床に座り込んだおばあさんの背中に手を当てた時に触った白いカーディガンを思い出した。

そこから30分、おじいさんと立ち話をした。
おじいさんは75歳、亡くなった奥さんは83歳だった。再婚で奥さんには連れ子がいた。自分たちの間に子供はいない。このマンションに来る前は恵比寿に35年住んでいた。駅まで5分、そりゃあ便利だった。
まだ働いていて、会社へは歩いて20分。家にずっといるのは性分に合わない、働いていた方がいい。金曜日の夜だけお酒を飲む。
仕事で全国いろんなところへ行った。岐阜にも行ったよ、高山はいいところだ。軽やかにいろんなことを喋ってくれた。

私は、御愁傷様ですと言ったあとに、寂しくなりますねと言った事を少し後悔した。35年連れ添った人を亡くした人の気持ちなんて私には分かるはずもないのに、定型文のような安易な一言を言わなければ良かった。

おじいさんは、それじゃあその辺ぷらぷらしてくるわ、と行ってエントランスを出て行った。それじゃあまた!と見送り、思い立って
「お名前なんておっしゃるんですか?」
と去って行く背中に聞いてみた。おじいさんは戻って来て、自分のポストをさして名前を教えてくれた。コジマさん。私も同じように、自分のポストを指差した。

そして今日、今度はお昼過ぎにマンションの外でまたコジマさんに遭遇した。ばったり会いすぎる。不思議な縁。
私はパン屋からの帰りで、コジマさんはぷらぷらしていたようだった。名前を呼んだら近づいて来て私の乗っている自転車を褒めてくれた。
その後ちょっと間があって、コジマさんが
「おかあちゃんが買い込んで残ってるメンマが2キロもあるからちょっと持っていかない?」と聞いてきた。

亡くなった奥さんは物を大量にストックする癖があったらしい。
それじゃあ、ありがたく頂いていきますと私は答えた。あの奥さんが買ったメンマ。そう聞いたら、もらいに行こうと思った。なんだか、形見分けみたいだ。

エントランスからすぐのコジマさんの部屋。玄関先から見える部屋は、とてもすっきりしていた。奥さんが買ったメンマ、俺が煮込んだんだよとタッパーを取り出し、お箸で私の手のひらにちょんと乗せてくれた。甘くてしっかりした味で美味しかった。
これは自分で味付けしてねと、袋に入った新品の1キロのメンマをもらった。お礼を言うと、じゃあこれもあれもと、冷凍カニカマと小さな栗羊羹もメンマの上にのせてくれたのでまとめてありがたくいただいた。
形見分けのメンマ1キロ、カニカマ500グラムと、羊羹。

今月でマンションを出る私と、一人暮らし用の部屋を探して審査待ちしているコジマさん。
引っ越す前にちゃんと、コジマさんにあいさつしに行こうと思う。
(ちなみに、コジマさんは仮名です。)

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