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アメリ:パリの小粋なエピソードがいっぱいに詰まった、キュートな思い出の小箱

モンマルトルに行ったので、学生時代に観たきりの、モンマルトルを舞台にした映画『アメリ』を、また観ることにした。アメリが働いているカフェ・デ・ドゥ・ムーランCafé des 2 Moulinsは、混んでいたので入らなかったが、いまも盛況である。



アメリはクレーム・ブリュレのカラメルをパーンと割るのが好きなのだが、日本でもクレーム・ブリュレがはやったのは、この映画の影響とか。豆の中にザクッと手を突っ込むのも好きなのだが、それで豆がはやったという噂は聞かない。この映画は、こういう、パーンとか、ザクッみたいな触覚を視覚的にとらえるイメージに、満ちている。

ジャン=ピエール・ジェネ監督は、もともとアニメ出身。ハリウッドに渡って、『エイリアン4』を撮った。特撮はお手のものだった。しかしLAでは人々は、車でしか移動できない。

パリに帰ってきたジュネは、その街並みのうつくしさに、あらためて感動した。この街を撮らなければならない、とかれは思った。

しかしこの映画はいうまでもなく、リアルにパリを撮った映画ではない。カメラには、黄色いフィルターがかけられている。実際のパリでロケをしているが、アートっぽくない落書きを消し、車も動かして、パリをさらにキュートな街として撮っている。

アメリはそんなパリで、ペイフォワードのように、人々にしあわせをもたらすことを、自分の生きがいとするようになる。それを見つけたきっかけは、ダイアナ妃が亡くなったというニュース。

びっくりしたアメリは、持っていた化粧水の瓶のフタを落とし、それを拾いにいって、缶に入った思い出の小箱をみつける。そして、昔ここのアパートに住んでいた人をさんざん苦労の末につきとめて、その箱を返してあげる。かれは涙にむせぶ。

かれの子供のころの記憶が、白黒の画面で再生される。学校で、ゴミ箱に入れられて、机の上に置かれたこと。ビー玉遊びで思いのほか勝ちつづけ、みんなのビー玉を全部ゲットしたのに、それをポケットに入れていると学校の教師に怒鳴られたこと。ビー玉が入りきらず、ポケットが破裂して、結局勝ったビー玉がすべて、道路に転げ落ちていってしまったこと。

アメリが子供のころ、カメラを買ってもらって喜んで写真を撮っていたら、近所の人の自動車が他の自動車とぶつかり、それを彼女のせいにされた。それで文句をつけてきた人のTVのアンテナを送電線のところから外すいたずらをした話も出てくる。

これらの話は、監督自身の記憶の再現のような気がする。でなければ、誰かから聞いた、記憶の断片だろう。

ひとにはそれぞれいろいろな人生の記憶があって、それはかれらの心の琴線をならしつづける。それらの蓄積を大事にしながら、ひとは未来の蓄積をまたつづけていく。自分の過去は、どんなにつらいことが多かったとしても、自分にとっての宝物である。

監督は、この映画には自分の私的な思い出がたくさん詰まっている、それを物語として綴りあげるのに、とても時間がかかった、と言っている。かれはanecdotes、つまりちょっとした小話が大好きで、それをあつめていたという。自分がたのしい気持ちになるいろいろな要素の寄せ集め、自分の思い出の小箱なんだという。

冒頭でわたしが好きだったのは、アメリが駅のホームレスにお金をあげようとすると、かれが「日曜日は仕事しないからいらないよ、ありがとう」というところ。この映画には、キュートな視覚イメージで再現されたそういう小粋なエピソードが、いっぱい詰まっている。

実際のホームレスが、そんなこと言うわけないって?でもこの話を想像力で作り出す方がもっと、むずかしい。わたしはたぶん監督がどこからか聞いた実話ではないかと思う。

人にいたずらを仕掛けたり、しあわせを運んだりするアメリが最後に仕掛けるのは、もちろん自分のロマンスである。駅の写真スタンドの下に落ちている、破られ捨てられた写真を収集するのが趣味の、つまりまさに思い出収集人であるニーノに、恋をしたアメリ。

バイクに乗ったニーノが落としたアルバムを首尾よく拾ったものの、ストレートにかれに向き合えないアメリは、かれとの劇的な出会いを、ゲームのように仕掛ける。それが、モンマルトルの丘の追いかけっこだ。

ハリウッドに渡って苦労した経験があるからこそ、ジュネはパリに戻って『アメリ』を撮ることができた。ひとは自分の生まれた文化には、いろいろな思い入れがある。アメリカ映画が好きなフランス人は多いが、それは自分の文化とまったく異質なものが、新鮮だからである。異文化を経験することで、自分の経験が相対化され、そこにまたより深い世界がひらけてくる。

ジュネはそんな境地で、自分にとってしたしい思い出や、いろいろなちょっといい話を、『アメリ』にたくさん詰め込んだ。そうして人々の共感を得て、『アメリ』は、ミニシアターから大ヒットする作品になったのだった。

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