読書日記断片⑦ 忘れられた女性作家
すくなくとも近代文学の世界では、女性作家のことをとくに「閨秀作家(けいしゅうさっか)」なんて呼んだりする。「閨秀」というのは頭のいい女性のことを指すそうだが、先日、文学部の先輩方と話をしたときにこの言葉が通じなくてちょっと面食らった。確かに女性作家について調べようと思わなければ出会わない単語と言ってもいいのかもしれない。
●宮野村子『無邪気な殺人鬼』『童女裸像』(盛林堂ミステリアス文庫)
閨秀作家でも、樋口一葉とか与謝野晶子とかいった名前を聞いたことがないという人はあまりいないだろう。私見では明治あたりから平塚らいてうなどの活動によって、女性が歴史に名を刻む素地が出来上がってきた印象である。
そんな中で、女性作家も大正あたりから増えているには違いないのだが、その多くはすでに忘れ去られてしまったように思う。当時はそれなりに有名であっても、現在田村俊子とか尾崎翠、内藤千代子とかいった名前を知っているのは古本ないし近代文学に通じている人だけではないか。
宮野村子も、ごく最近までは名前が知られていなかった、あるいは、名前を知ってはいても著作を読む機会を持ちにくい探偵小説作家のひとりであった。
大正6年生まれの宮野村子は、昭和13年に短篇小説「柿の木」を探偵小説作家木々高太郎が編集委員を務める雑誌『ジュピオ』に投稿しデビューする。
詳しい経緯は『童女裸像』の解説ほかに詳しいが、宮野はいろいろと巡り合わせがよくなく、日の目を見ることはなかったようだ。講談社の『書下ろし長篇探偵小説全集』に当選すればまだよかったのだろうが、鮎川哲也「黒いトランク」に敗れ、ろくろく脚光を浴びることないまま、今に至っている。
(しかし鮎川哲也が有名にならなければ、今日知られなかった探偵小説作家はもっと多かったかもしれないので、こればかりは運命としかいいようがない)
で、ここに挙げた2冊は、西荻窪の古本屋、盛林堂書房が同人誌として発刊しているシリーズ「盛林堂ミステリアス文庫」である。
このレーベルでは、毎度あまり知られていない作家の作品や、有名作家の作品でこれまでに単行本未収録だったものを収録してくれたりするので、読みたくても読めずにいた古本好きにとってみれば楽しくありがたい企画だ。
ただ、「有名作家の未収録作」については、やはり代表作に比べれば完成度の面で落ちるものが多いのは確かだと思う。もちろん大作家なればそれなりのレベルは保証されているわけだが、他の手に入りやすい作品より先に読む必要があるかと言うと、必ずしもそうではないということだ。
そこにきて宮野村子というのは、名前だけ聞いたことがあっても今まで全くのノーマークだったのだが、読んでみてその完成度に驚かされた。これは埋もれていていいレベルの作家ではない。
本書のあとがきや解説にもあるように、宮野は探偵小説作家であっても、トリックや事件を派手に描こうとするのではなく、あくまで文学としての作りこみを重視したのだということがよくわかる。「文学派」というレッテルは評価の幅を狭めることになってしまうかもしれないが、登場人物の心理を深く掘り下げていく筆致は、時おり寒気まで覚えるほどである。
今に言う「推理小説」ファン向けというよりも、サスペンスとかイヤミスが好きな方は大いに楽しめると思うし、純文学によった趣味をお持ちの方にも読まれるべき作家だと思う。
で、あまりにも面白かったので、論創社から出されている『宮野村子探偵小説選Ⅰ』『同Ⅱ』もまとめ買いしてしまった。盛林堂ミステリアス文庫も含め、安くない本だが他では絶対に読めないのでしかたない。
僕はマニヤの末席を汚す下等な遊民なので、多少高い本でも内容によっては喜んで買う(盛林堂ミステリアス文庫については出るたびに毎回買っている)わけだが、一般の方にそれを求めるのは正直酷だとは思う。
思うけれども、面白い本は広く読まれてほしい、手に入るうちにどうにか買って欲しいと、本・文学を愛する立場としては、か細い声でも宣伝したくなるというものである。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?