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この条件下で働きながら知的生産をする方法を述べよ。

1.ルーチンのかたまり(以下オブジェクト)は4つまで、とする。この数は、生涯を通して基本的に変わらない。

2.ひとつのオブジェクトに登録できるタスクは5つまで、とする。単位は歯みがき、メイク、食器洗い、など。

3.平日と休日など、条件が異なる場合は、そのオブジェクト自体を実行する・しないのみ選択できる。タスク単位で場合分けしてはならない。
例:朝の支度オブジェクトの中で、休日にはメイクだけが不要である場合、朝の支度オブジェクト自体を実行しない。

4.ルーチンではないタスクのリストはA4で1枚に収めること。
視界に入らないタスクや、別ページに書いたプロジェクトのタスクは脳から消える。アウトライナーのズームや画面スクロールも不可。
ようは、目につくところになければそのタスクは実行されない。

5.やることのリストが進んだ時、リストの情報更新作業用に、進捗1日分当たりおよそ6時間(睡眠時間は含まない)を折り込むこと。
これは、進捗により変化した状況の把握と整理に、その程度はかかるためである。
また、更新後は脳の負荷を下げるため、リストを白紙から全文書きなおさなくてはならない。手書きで。

6.体調悪化など大きな変化があった場合、日常に戻る立て直し作業用に、およそ50時間(睡眠時間は含まない)を折り込むこと。

7.健康と清潔の維持について、優先順位がマントルぶち抜いて地球の裏側の宇宙ステーションに到達するくらい急降下するのはよくあることなので、それを加味してオブジェクトを組むこと。
特に、予想外のプロジェクトが発生した場合、三大欲求すら脳から消失するのは引力と同程度にありふれたことである。

8.相手があるゆえの〆切は決めてもいいが、タスクそれぞれの実行タイミングは月単位より細かく決めてはならない。
当日目にした途端、突発事態へのパニックにより、そのタスクはほぼ破棄されたに等しい扱いとなるため、復帰に著しいエネルギーと犠牲が必要となる。
具体的にいうと120時間は逃避行動を止められなくなるので、進捗が全部遅れる。

9.睡眠時間は3日連続で6時間を割ってはならない。可能な限り9時間程度とること。働く場合、月に1度は18時間以上眠ること。
破ると体が起き上がらなくなるか、医療費が万単位で上がる。

10.文化的なものに耽溺するための時間的経済的余裕を失うと、闇堕ちするので注意すること。一気に精神荒むし医療費も上がる。
ちなみに闇堕ちからの回復には、自由な時間と万札の束が唯一有効である。

11.勤務時間は通勤と合わせて12時間以内とする。健康で文化的な最低限度の生活のため、できるだけフルタイムで働くこと。
また、週5で確実に通うために、最優先で疲労回復に努めること。

12.面白そうなものを目にした瞬間、あるいは何かを思いついた瞬間、それの脳内優先順位は月を貫くほど上がるので、仕組みで止めなくてはならない。

13.現在あるタスク管理の手法、ライフハックの知恵は、ワーキングメモリが平均以上にあることが前提なので、使うのはかなり厳しい。
曰く
「すでにある法則やストーリーを読み取るのはすごくお上手なんですが、まったく無意味なものから法則やストーリーを自分で見出すのは、非常にパフォーマンス下がると思います」
「GTDの『把握』、いやインボックス・ゼロからアウトじゃないですか……」
「まず記事を集めて本の構成を作れる時点で優秀なかたなので、手法はほぼ当てにならないと考えた方がいいかと」
(通りで9年やってもわけわかめ……)

***

昨日のカウンセリングで発覚した、ある意味私の最大の障害についてまとめたかったのだけれど、うまくまとまってない気もする。

私は語彙や言葉の扱いはかなり高いのだけれど、同時処理能力と心にメモしておける数が、極端に低い。ついでに情報の整理や把握、切り替えや削除も困難だ。
これらをぐるっと雑にまとめると、ワーキングメモリ(作動記憶)が低い、という話になる。
診断の時点で、ワーキングメモリの低さは話されていたのだけれど、こちらの思っていた以上に低いことが昨日発覚したのである。

同時処理能力は、マルチタスクとは異なる。
待ち合わせに向かいながらポッドキャストを聞くとか、夕飯の支度をしながら明日のメニューを考えるとか、マナーに気をつけて腹八分まで食べるとか、そういうことだ。

同時処理能力が極端に低いと、何かをしながら意識の片隅においておく、ということが事実上不可能となる。
私の体感だと、明日の体調を考えて行動するのが厳しい。未来の支出予定や貯金を考えて買い物するのも無理だ。まったく何も……米すらも……買えなくなるか、吹っ飛んで赤字まで買う。

さらに困るのが、「心のメモ」の狭さと、消えやすさである。
人間が一度に覚えられるのは7つくらい、という話を聞いたことがあるだろうか。
心の中にちょっととどめておける数、無意識に処理して覚えたり忘れたりを判断できる数。
その数が、私は4~6といわれている。6が背伸びいっぱい、つま先ぷるぷるくらいだ。
越えたら勝手に消えてしまう。越えなくても書いたら消えてしまう。

たとえばタスクリストを作ったら、もうそのリストなしには何をするのか思い出せない。その場で目に留まらなければ、書き出したことすら覚えていないこともある。
おかげで、残った「心のメモ」を消していいかどうか、判断にすごく時間がかかるので、切り替えも遅くなっていく。

状況が進むたびに、白紙からやり直さないと現状を理解できない。
何が終わって、何が変わって、何をしなければならないか。
時間をとって整理するまで、食事も睡眠も自力でできないほど頭が混乱してしまうのだ。
上で6時間だの50時間だの並んでいるのはそのせいである。

書き出せば、なんだったかを忘れる。
読み返せば、整理のつかない情報で脳がいっぱいになる。
また書き出せば、すべてはフラットになる。
表面の把握だけで疲れる。

多少のグループは作れても、グループを越えて見比べられないので、優先する順もわからない。
たとえば、3日後の面接のためにスーツを探すのと、そこで今にも崩れそうな食器を洗うの、どっちが先? 来週の東京行きの準備は? サーバーの次の更新は? そもそもブログ続けるか検討するのは?

連想の速さは私の強みだが、こういうときは困る。
なにもかもに蛍光マーカーが引かれて、ゆえにすべてがまったく無意味。
それでもそこから、やるべきことの整理をはじめなくてはならない。
30時間と5日後には、白紙から再びやり直すのだとしても。

これのせいか、走りながら考える、が私はどうにも理解できない。
匍匐前進で競いながら刺繍を完成させてください、みたいに聞こえる。
仕事と家庭の両立、なんて足を使わずにマラソンしろと言うようなものだ。できなくはないだろう、ただし人手とお金と時間はすごくかかる。

……なんで私、学歴は優秀なんだろうな?

***

さて、障害よりやっかいなのが自分の性情だ。
性情というのか、半端に知能が高すぎる弊害というのか。

退屈を感じると病む。
先が読めると気が失せる。
やっても変わらないなら何もしたくない。
なにより、知と美に溺れられないなら死んだ方がマシ。
……という、「貴族のボンボン」が私の中にいるのだ。知識欲旺盛で、無駄な創造と面白さが大好きで、実生活では何の役にも立たない、死にたがりなボンボンが。

もう大変なんだよボンボンの自殺誘導抑えるの!
あいつ何かしら与えとかないとすぐ死なそうとするねん!
「だってこれじゃ生きてる意味なくね?」って全力で自殺にGOGOしてくるねん、困るの! UO振ってんじゃねえよ!

ワーキングメモリが低い私にとって、生活のフォーマット化は第一だ。ここまで書いたとおり、変化に対する柔軟性が極度に低いからだ。
日々の選択肢を減らして、ほとんどを習慣化して、習慣そのものも減らして、ようやく能力と釣り合う。

……が、「ボンボン」はそれを嫌う。
物珍しければ我慢もしてくれるが、基本は新たなインプットを取り入れていかないと病んでいく。
本屋の探索、長時間のゲーム、突然の原稿書き、知らないツールに美術展……新しい刺激が得られなければ、「彼」は積極的な自殺のお誘いで私の頭を埋めていく。なんなら遺品整理のプランまで立ててくる。結構うるさい。

平均より飛び出て知能が高いところがあると、それはそれで悩まされる性質が表れるという。
極端さ、完璧主義、クリエイティブの暴走、失敗への過敏、過集中、知と美に対する飢餓めいた欲……
Rain forest mindとかいうようだが、英語の記事が多くて詳しく調べられないでいる。
なので、「ボンボン」がどこまで関係するかはよくわからない。

わかっているのは、「ボンボン」は知的刺激が大好きで、ネタはいっぱい出すけれど、原稿を書く気はないことだ。

生産するの私かーい!

***

まとめると、

人よりかなりフォーマット化した生活にしないと脳への負荷が高すぎて病む

常に新しいインプットを行う時間的経済的余裕のある生活をしないと病む

フルタイムで働かないと息をするだけで赤字だけれど、フルタイムで働くと人生が寝食で終わる可能性が高いのでやっぱり病む

そうしたバランスをとるのに必要なワーキングメモリが私は極端に低くて、現行のタスク管理やライフハックはほぼ当てにならない

ということで、ワーキングメモリーが低い人のためのタスク管理だよ☆とうたっている記事も見たが、それすら高度ってどういうことだよ(真顔
私が同じことをしたら最短でも2日かかる。しかもシステムじゃないのでループできない。

***

『「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門』を読み返していると、タスク管理の必要な生活自体が、そもそも私には難しいのではないか……? と思ってしまう。

22時就寝、7時起床、8時出発、定時から寄り道ゼロで19時帰宅、20時夕食終了、21時入浴、22時就寝……
これに毎週末、16時~翌10時まで眠って、薬を飲んで、22時に寝て、ようやく週5日会社に通えた。月に2度くらいは。
……まあ、これは無職になる3か月前くらいのことだけれど。

眠るだけで働けるなら、障害年金の対象にはならない。
勤務時間を減らせば医療費が出せない、ということは斟酌されない。
働きなさい。
働けるんだから。
寝食以外のすべてを捨てようと、企業で働ける人間に、支援はない。
と、社労士は言った。

***

贅沢になっている自覚はあるのだ。

少なくともお金を払うほど必要とする手はあって、私は自分で動けるし外に出られる。パソコンやスマホを使えるし、病院にも行ける。
家と会社と病院と、隙間時間のTwitter。
それすらできない人たちがいる。移動すら命がけの人たちがいる。
衣食住、安全すらも、確保できずに硬貨を数える人がいる。

贅沢だとわかっている。
……それでも、この人生はひどくむなしい。


だからUOを振るんじゃない。

アイコン描いてくださる方にきちんと依頼したいので、サポートいただけるとうれしいです。