【石岡瑛子展】 えこちゃんは誰にも媚びずホーホケキョ。
あと数日で終わろうとするこの展覧会を東京現代美術館まで見に行くことは、私にとって絶対に不要不急ではなかった。私の人生に影響を与えたといっていいアートディレクター2人のうちの1人なのだ。衣装デザイン、その他についての評論は別の専門家の方に譲るとして、ここでは個人的に最も興味深かった3つの分野について記したいと思う。
1. 資生堂のポスター
私が子供の頃、母が資生堂の美容部員をしていた関係で、商品資料やパンフレットなどが常に家にあった。また住んでいたマンションの1階に薬局があり、季節ごとに貼り変わる資生堂のキャンペーンポスターが楽しみだった。
私にとって化粧品のクリエイティブは常に身近な存在であったが、石岡の代表作に挙げられる前田美波里のポスターを知ったのは、それからずいぶん経ってからだ。60年代前半までの化粧品広告における女性像とは一線を画す表現。今の視点で見ると、健康的でかっこいいモデル、としてしか映らないが、66年の時点ではかなりの問題作だったようだ。当時の男性上司が石岡をこう怒鳴りつけたとしても不思議ではない。
「なんでこのモデルはこっちを見てニッコリ笑ってないんだ?!」
この作品展のタイトルは「血が、汗が、涙がデザインできるか」である。それは「感情のデザイン」を指すと石岡は解説しているが、おそらく彼女自身、男性社会の中で多くの血や汗や涙を流してきたのではないだろうか。
展示されていた制作途中の書類(ラフや色校正紙)には、彼女の指示がびっしりと書き込まれている。もちろん、それ自体は我々が日々行なっている仕事と何ら変わらない。けれどもその一文字一文字を陳列ケースのガラス越しに追っているうちに、あの時代の新人“女性”デザイナー石岡の心の軋みのようなものが伝わってくるのである。
2. マイルス・デイヴィス
私が新人コピーライターだった頃、ちょっと石岡瑛子っぽい先輩デザイナーが社内にいた。黒い服に、真っ赤なルージュ。好きな音楽について尋ねると彼女は一言、こう答えた。「マイルスよ。それ以外にないでしょ」
石岡瑛子がマイルス・デイヴィスのLP「TUTU」のジャケットデザインを担当したと知ったとき、きっとこれは必然なのだなと思った。
このときの打ち合わせに立ち会いたかった、と思う。帝王と女王の邂逅。その商品の、企業の、どこをどう切り取れば最も美しく見えるか。瞬時に見抜けるのが優秀なアートディレクターだ。何人ものミュージシャンを震え上がらせてきたマイルスの顔、ジャズの歴史を切り裂くような音を鳴らした唇、奇跡のようなアドリブフレーズをいくつも紡ぎ出してきた指。それ自体がもうアートなのだ。
3. えこの一代記
石岡が高校時代に作ったという絵本、それが「ECO'S LIFE STORY」(えこの一代記)である。
アカデミー賞を受賞した映画「ドラキュラ」の衣装や、シルク・ドゥ・ソレイユのコスチュームなど、豪華絢爛な海外での仕事を見てきた後、我々は最後にこの絵本に辿り着くのだ。高校生・石岡の“処女作”は何ともチャーミングで、それまでこの展覧会を支配してきた緊張感を一気に解きほぐす。
そこに描かれているのは石岡の過去・現在・未来。言わば自分の人生の設計図。すでに外国への憧れや、ディズニーと思しきアメリカ映画、さらには愉快で楽しいサーカスのシーンまで。グラフィカルなカラーイラストと英文タイプの切り貼りで、一人の少女の理想と空想が見事に表現されている。
えこの夢は、瑛子が引き継ぎ、EIKOが実現した。
「デザインとは社会に対するメッセージである」この言葉に大きな影響を受けたという石岡瑛子。70年代に手がけたPARCOのポスターコピー、「鶯は誰にも媚びずホーホケキョ」を自ら実践した石岡瑛子。究極の“わきまえない女”、石岡瑛子。
石岡さん、あなたがデザインしようとした社会は日本は世界は、まだまだこんなにも情けない状態だけど、どうか見守っていてくださいね。
※「美術手帖」のWEBサイトで展示作品の一部を楽しむことができます。
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/23067
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