肯定する意思(阿波野巧也歌集『ビギナーズラック』)
阿波野巧也歌集『ビギナーズラック』は切り口の多い歌集であるが、その肯定力と、会話的比喩について短く書きたい。
1 肯定力
噴水がきらきら喘ぐ 了解ですみたいなメールをたくさん送る 「ワールドイズファイン」P9
それでも町は生きものだからいい ぼくの自転車がない でも、だからいい 「シティトライアル」p13
どのかなしみも引き受けるからはつなつの回転寿司を食べにいこうよ 「スペシャルサンクス」p39
だいなしの雨の花見のだいなしな景色のいまも愛なのかなあ 「たくさんのココアと加加速度」P73
本の帯をいためてしまう愚かさで暮らしていくだろうこれからも 「生活の修辞学」p84
フードコートはほぼ家族連れ、この中の誰かが罪人でもかまわない 「かまわない」P97
喘ぐという言葉の選択からは主体の苦しさを感じるし、自転車が盗られたら悲しいし、雨が降るのは良くないことが多いし、誰かが罪人というのも不安である。なのに阿波野は、メールを淡々と送ったり、あいにくの天気さえ愛に関連付けてみたり、世界を肯定しようとする力がある。後向きなものを乗り越えていく、その肯定力は阿波野の歌の魅力だと思う。
2 会話的比喩
修辞の面で言えば、品詞を飛び越えた比喩が特に印象に残った。会話的比喩とでも言おうか。
噴水がきらきら喘ぐ 了解ですみたいなメールをたくさん送る 「ワールドイズファイン」P9
ツタヤ以外のレンタルビデオもあるんだねみたいな顔をきみにされてる 「シティトライアル」p15
電柱がわりと斜めに伸びていることに気づいた みたいに好きだ 「生活の修辞学」p84
通常の書き言葉で書けば、「了解ですとだけいうような簡素なメール」とか「ツタヤ以外のレンタルビデオもあるんだねと少し驚いたときのような顔」とか「電柱がわりと斜めに伸びていることに気がついたときみたいにふっとあなたのことが好きだ」となるところを、言葉を大きく省略して比喩にしている。僕たちの日常会話でよく起きているこうした省略を短歌に持ち込んでいる。
3 その他
他にも、歌や連作タイトルで押韻していること(例「こしあんと思案」p117)、章によって一頁あたりの配置歌に差をつけてあること、認識の時間幅を拡大する試み(例「三匹の犬がこっちを見つめてる 茶色いやつがいちばん見てた」p111)など切り口は多くある。上で取り上げなかった、翳りのある僕の好きな歌たちを最後に置く。
瓶のウィルキンソンを逆さに立ててみる ずるしてもあなたは老いていく 「さらに音楽は鳴り続ける」p91
友だちと四つ葉のサヤカタクシーを見てそれっきり会わなくなった 「Sit in the sun」p129
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