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鬱で役に立つこと2 体の症状の自覚

『鬱は身体的な病気であることを自覚する』

 これは、ぜひにも書いておきたい半面、非常にセンシティブな問題であるためいくつか注意事項があります。

 ひとつは、『体の問題』は、所謂首から下の身体症状のことです。

 もうひとつは、これは決して「針灸指圧に行け!」とか「身体内容の内科に行け!」という意味ではないということです。主治医の治療に従うことが絶対条件です。

 その上で、当事者や周囲の方に伝えておきたい認知(知覚)面として、鬱は、決して『精神症状』の病気ではない、勿論気分的なものではない、という考え方が必要だ、ということなのです。

 あくまで自分事で恐縮ですが、私を例にとってみると、『気分の落ち込み』だけということは、殆どありません。

 主症状は『とにかく疲れる』の一言に尽きます。極論してしまえば、私の中では鬱は、『とにかく疲れやすくなる病気』です。仕事を休みたい、というレベルの軽い風邪が、慢性的に続いているようなものだとわかりやすいと思います。

 それを前提に、普段できることができなかったり、集中力ややる気が出ない・続かないということが起こります。体が少し楽になると、これからどうなるのだろうかと不安になりますが、前提として身体症状があったからこういう気分になるのだと認識しています。

 世間では鬱は『気分の落ち込み』一辺倒のイメージで語られていることが多く、よほど専門書ではなければ、出版物でさえそういった内容で周知されていることに疑問を覚えます。

 私がイレギュラーということも考えられますが、『体が動かない』『疲れる』が、所謂精神面だけの説明として為しえるのでしょうか?

 という提起でもあり、これを執筆しております。

 医学的な根拠は、私は医療者でも研究者でもありませんからそちらに放るとして、自覚として、もしくは周囲の理解として『鬱は肉体症状が出るものなのだ』ということは、頭の隅に留めてほしいと思います。

 実際、これを書いていられるのは、疲れ(症状?)のピークが過ぎたからです。これからのことが不安という精神症状も、前回及び今回の再発時両方、身体症状が収まってから出てきました。

 繰り返しになりますが、精神症状を否定は致しません。というよりまさに今、自身を直撃しているといえます。

 ですが、身体症状があると認識したことは、私にとってずっとプラスであり続けています。と同時に、世間の(場合によっては一部の医療者との)齟齬を感じ続けているのです。

 とりあえずそれを認識できれば、睡眠を増やす、栄養状態を省みる、無理をしないなどの身体ケアを、ほんの少しでも自分でケアをすることができます。これは予防にも多少は役に立つでしょう。

 睡眠時間については、私は医者にすら引かれる11時間を密かに目標にしています。普通に生活していれば絶対無理な達成目標ですが、夕食や入浴など、できるだけ時短をしてそれに近い睡眠時間をとってもいい、とるべきだ、とすることでかなり楽になりました。

 でも他人や、現在の主治医などに言うと9時間すらドン引きされてしまいます。世間と自分の身体感覚は全く違うものですから、必ずしもオープンにする必要はないと考えますし、世間の認識に自分が犠牲になることもないと思います。

 できる範囲で身体ケアをすること、また、必要な身体ケアは人により内容が異なるということをお伝えしたいのです。

 私の休息路線とは逆に、絶対にジョギングしないと対象を崩す、なんて人もいらっしゃると思います。その場合、具合が悪くてもジョギングする光景は、他人には奇異に映るでしょう。ですがもし必要な身体ケアであれば、私は(他者にごちゃごちゃ言われないようにしながら)してもいいと思います。

 なんとなく、伝わりましたでしょうか。

 あくまで主治医の判断を仰ぎながら、こういう考え方もあるのだ、と、知っていただければ幸いです。

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