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【選挙ウォッチャー】 草津町・新井祥子議員のリコール住民投票2020。

11月16日告示、12月6日投開票で、群馬県草津町の新井祥子議員のリコール(辞職)を問う住民投票が行われました。リコールが問われることになったのは、新井祥子議員が黒岩信忠町長から町長室で性被害に遭ったと告発をしたところ、町長が事実無根だと反論。逆に、告発をした新井祥子さんの方が破廉恥な嘘をついて議会の品位を傷つけたとして、懲罰動議が出されて可決。それだけでは終わらず、議長の黒岩卓さんが中心となってリコール運動を開始。必要な数の署名が集まったことから、このたびリコールを問う住民投票が行われることになったのでした。

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草津町の人口は、令和2年12月1日時点で6211人。草津町議会の定数は12で、この町で唯一の女性議員が新井祥子さんでした。この異様とも言える住民投票については既にいくつかのメディアが報じていて、真相に迫ろうと奮闘しているライターもいるようですが、住民投票が行われた12月6日の時点では、どちらが本当のことを言っているのか、住民にはまったく判断がつきませんでした。というのも、裁判の判決が出ているわけでもなければ、警察の捜査が終わっているわけでもないので、当事者以外に真実を知っている人はいないからです。つまり、この住民投票は「憶測」でしか判断できなかったということになります。


■ 憶測でリコールが成立する草津町の闇

町長からの性被害に遭ったという新井祥子さんの告発は、もし真実だとすると、かなりのインパクトがあります。ただし、黒岩信忠町長はこれを真っ向から否定していて、新井祥子さんに対しては裁判も起こしています。どのような性被害を受けたのかという新井祥子さんの主張は告発本に書かれているのですが、一方の黒岩信忠町長もメディアのインタビューに堂々と「事実無根だ」と答えていて、町長室のドアは常に開いていたと述べています。こうなってしまうと、素人にはどちらが本当のことを言っているのか全然わかりません。当事者以外に、誰一人として断定的にモノを言える人がいない。普通は、こんな状態で住民投票が行われることはありません。裁判や警察の捜査で新井祥子さんの嘘がハッキリしたというのであれば、その事実をもってリコールを問うこともあるでしょう。しかし、現時点で新井祥子さんの話が嘘だったと確定させる要素はありません。町長の言っていることが真実だと思えるかどうかという、完全なる「憶測」です。こうなると、今後の捜査や裁判の判決次第で、新井祥子さんが冤罪で辞めさせられていたんだとわかってしまう可能性が出てきてしまいます。本当はこんな状態で住民投票が行われていること自体、とても恐ろしいことなのです。


■ 町がリコールを主導する公平性の無さ

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今回の新井祥子議員のリコール住民投票は、明らかに「町ぐるみ」で仕掛けられています。これはとても深刻で重大な問題です。本来、自治体というのは住民投票の公平性を担保しなければなりません。賛成するか反対するかはあくまで「住民の意思」で決められるものであって、町がどちらかを推奨するということがあってはならないのです。ところが、草津町では公民館や児童室といった公共施設の駐車場にポスターが貼ってあって、新井祥子議員のリコールに賛成するように促していました。

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ポスターには思いっきり「新井議員をリコールに!」と書いてしまっているし、「賛成にマル」というイラストまで載っています。百歩譲って、どこかの家の壁や飲食店の窓に貼ってあるのなら、家人やオーナーがリコールさせたいと思っている人なのだろうということで話も終わるのですが、公共施設の駐車場にこれを貼り始めたら、それはもう自治体が住民に対し、リコールに賛成するように促していると言っても過言ではありません。

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駐車場だけなら、もしかしたら間違えて貼ってしまったのかもしれないと思えるのですが、「新井議員をリコールに!」のポスターは、まさに草津温泉の玄関とも言うべき「草津温泉バスターミナル」の入口の窓にも貼ってありました。

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こんなに頭のイカれた話はありません。考えてもみてください。このバスターミナルは、これから草津温泉を楽しもうという観光客が最初に訪れる場所です。いつもだったら、このターミナルでバスを降りた瞬間、いかにも温泉っぽい硫黄の香りが鼻を刺激し、これから訪れる旅館やお風呂への期待感が膨らみ、思わず「草津温泉駅」と書かれた窓をバックに写真の1枚も撮りたくなるところです。しかし、このポスターは「ようこそ草津温泉へ!」という挨拶の前に、いきなり「この町には、草津町の誇りと信頼を失墜させた新井議員というヤバい奴がいるんですよ!」をアピールしているに等しいのです。それで「何なんだ?」と検索したら、女性議員が町長から受けたとされる性被害を告発したところ、なぜか議長からリコールを仕掛けられ、皆さんにお名前を晒されていることを知るのです。だいぶ気持ち悪いです。

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しかも、僕がこの町で最初に目撃したものは、住民投票で「賛成」に投じましょうと呼びかける車です。こんなものを誰がお金を出して走らせているのか知りませんが、ここまで来ると、もはや気に入らない女性を町全体でリンチしているようにしか見えません。百歩譲って、告発がまるっきり嘘だったとしても、草津町では「村八分」になると、こんなことをされてしまうというものを見せつけられている気がします。


■ 神聖なる温泉が「ミソジニーの湯」になった日

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草津温泉には、町民専用の共同浴場が19か所あります。今は新型コロナウイルスの影響で中止されているものの、一部の浴場は観光客にも開放されています。毎日異なる趣の共同浴場を楽しめるなんて、これぞ温泉地で暮らす人たちの特権と言えますが、これらの共同浴場は「準公共施設」だと思います。そして、そのほとんどの共同浴場に「新井議員をリコールに!」のポスターは貼られていました。

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草津温泉に来たならば、いろんな所に点在する共同浴場を見つけて歩くのも楽しみ方の一つだと思いますが、散策する観光客にいちいち「新井議員をリコールに!」を見せつけてしまう草津町。草津町にとって「温泉」というのは、神様にも匹敵するくらい大切なものだと思うのですが、その何より大切で、何より自慢できる「温泉」にポスターを貼る感覚は、常人にはまったく理解ができません。ただただ気持ち悪いというか、ここまで来るとホラーに近いです。

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なんてったって、草津温泉の代名詞とも言うべき「湯畑」のすぐ横の「白旗の湯」にまでポスターが貼ってある始末です。その隣には「湯もみ」を見せてくれる施設があるのに、ガッツリと「新井議員をリコールに!」のポスターが貼られているのです。こうなってくると、観光に来た皆さんの記念写真の片隅にも「新井議員をリコールに!」が写っていることでしょう。

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だいたい「草津町の誇りと信頼を取り戻す」と言っていますけど、現在進行形で誇りと信頼を捨てているのが、このポスターであることに、一体、どれだけの町民が気づいているのでしょうか。女性が性被害を訴えているというのに、「大丈夫?」と声をかけるわけでもなく、「きちんと調査をしましょう」と言うわけでもなく、町長が事実無根と言っているんだから事実無根なんだということで、裁判の判決が出る前に、町中にポスターを貼り、街宣車を走らせ、町民たちを住民投票に巻き込み、みんなでリコールしようと呼びかけるジジィどもの集団。そもそも「性被害の告発」というのは非常にデリケートな話であり、最大限にプライバシーが配慮されなければならないはずなのに、セカンドレイプ上等で、神聖なる温泉の壁にまで堂々と実名入りのポスターを貼る始末。草津温泉は、いつから「ミソジニーの湯」になってしまったのでしょうか。

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しかも、この住民投票の一番の問題は、どこかの一般町民がリコールをしようと言い出したのではなく、なんと、草津町議会の議長が中心となってやっている点です。だから、公共施設にまでリコールに賛成を呼び掛けるポスターが貼られているのです。ここには「住民投票の公平性」という概念は一切ありません。これはもう民主主義でもありゃしないのです。


■ 住民投票の結果

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草津町というのは、温泉を資源にビジネスをしている人が多く暮らしているため、町長や議員を敵に回すことは、イコール、この地で商売ができなくなってしまうということであり、非常に閉鎖的な町です。議員になる人も、ホテルや旅館の二代目や三代目だったりして、そもそも町長に逆らうような人はいません。リコールを問う住民投票をするためには、その前に有権者の3分の1以上の署名が必要となるため、そこそこ高いハードルがあるわけですが、いとも簡単にクリアしてしまったのは、やはり町長や議員に言われたら断れないという村社会が原因の一つです。実際、住民投票をするために集まった署名の数は3317筆でしたが、投票に行ったのは2750人しかいませんでした。署名は、どこの誰が署名をしたのかが一発でわかってしまうので、名前を書かないわけにはいかないのですが、投票は行かなくてもバレないということで、署名はしたけど投票はバックレる町民が続出。町民の方々に住民投票をどう思うかを聞いても、だいたいは「興味がない」という答えでした。「新井祥子さんのことをよく知らないから」とか「何が本当かなんて自分たちに分かるはずがない」とか、聞けば聞くほど「そりゃそうだ」という答えばかり。インタビューできた人数が少ないとはいえ、この住民投票に積極的な人に出会うことはできませんでした。要するに、町の議員のジジィたちは草津温泉の源泉ばりに高い温度で「リコールしよう」と訴えていたけれど、町の人たちはすっかり湯冷めしていたと言ってもいいのかもしれません。ただ、この住民投票は、圧倒的な賛成多数でリコールが成立し、新井祥子議員は失職することになりました。

賛成:2542票
反対: 208票

投票率は53.66%でした。2019年4月に行われた草津町議選の投票率が69.49%だったので、けっして関心が高かったとは言えない数字です。それでも、投票した町民の約9割は「賛成」に投じたことになり、日本のムラ社会の恐ろしさを目の当たりにすることになりました。

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これだけ町のアチコチに「新井議員をリコールに!」というポスターが貼られ、町が主体となって訴えているわけですから、ここまでやれば、ほとんど事情を知らない人でも「賛成に投じた方がいいのかな」と思ってしまうことでしょう。しかし、それはもう町長と女性議員の間にどのようなトラブルがあったのかという真相以前に、非常に大きな問題があると言わざるを得ません。

① 警察の捜査や裁判の結果が出ていない段階での住民投票である。
② 公平性を担保すべき自治体が、一方の側に投票を誘導している。
③ 超デリケートな問題にもかかわらず、一切の配慮が感じられない。

もはや「町単位のイジメ」にも見えてきます。もちろん、新井祥子さんの証言がすべて嘘だとしたら、町長はとんでもない冤罪を仕掛けられていると言えます。だから警察に訴え、裁判でも訴えているのでしょう。しかし、いずれもまだ結論は出ていないのです。それなのに、町中にポスターを貼りまくり、観光客にまで恥部を晒し、コロナ禍に町民を巻き込んで住民投票させているのです。本当に草津町の誇りや信頼を失わせているのは、一体、誰なのでしょうか。


■ 選挙ウォッチャーの分析&考察

新型コロナウイルスの流行で全国の観光地が苦戦している中、草津温泉にはたくさんの人が遊びに来ていました。なぜ、こんな時でも草津温泉にたくさんの人が遊びに来るのかと言ったら、やっぱり「草津温泉」というのは人々に認められる一つのブランドになっているからだと思います。しかし、今回の住民投票は、観光客の皆さんにも「閉鎖的な日本のムラ社会の闇」を見せつけ、さらには、多くの女性が踏み出したくても踏み出せない「性被害の告発」という勇気ある一歩を、しっかり検証される前から、頭ごなしに否定されるという「ミソジニー溢れる男性社会の縮図」まで見せつけることになりました。あの誰もが憧れる「草津温泉」で、民主主義さえも否定されるような住民投票が起こっている現実。これは草津町だけでなく、日本全体が考えなければならない大きな大きな問題なのかもしれません。

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