鬱憤がたまる。

妻が「いいなあ」と遠い目でつぶやき、窓の外を放心したように眺める。その視線の先にはヤシの木が描かれた配送トラックが止まっている。外出自粛が解かれない生活に疲れきってしまったのだろうか。イラストだけでここまで心を奪われてしまうとは。なかなかの重症である。

すこしでも気晴らしになればと、南国に思いを馳せつづける妻の手をひき、息子と三人で絵でも描くことにする。すると、息子はさっそく「パパ」と似顔絵を描いてくれる。そこには漆黒のうずまきが。いまや描いた本人も「パパ?」と不安そうである。うん。どこからどう見てもパパだよ。

妻は「ママも描いて」と息子にリクエストする。すると、今度は赤いうずまきが目のまえに現れる。妻が「ママ?」とたずねると、息子は「ママ……の耳」と答える。まさかの似耳絵。どこからどう見てもママの耳である。

それから妻は四つ足の未確認生物を。息子は「オチョ(チョコ)」と言いながら今度は茶色いうずまきを描く。そして、わたしはなぜか「夕日が沈む海辺」なるものを無意識に描いてしまう。自分も外に出られない鬱憤がたまっているのかもしれない。人のことは言えないな。

そんなことを考えながら苦笑していると、妻が不意に「なにそれ!」とわたしの絵を指さし、そのまま涙を流しはじめた。「こんな絵で? 冗談でしょ」と驚愕するわたしに、妻はあふれる涙を拭いながら声をしぼりだすように告げる。「すごく、いい……」。

かなりの重症である。

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