妻はリビングで踊る。

カンコーン、カンコーン。

電車役の息子が不思議な音を立てながら、両手を身体のまえで交差させて向かいあう踏み切り役の妻とわたしのあいだを走りぬけていく。すると、息子から「なんかちばう(なんかちがう!)」と怒りの指導がわたしに入る。

どうやら両手の角度が気に入らないようで「こっち! こっち!」と鬼の形相で手首をひっぱられる。お言葉ですが先生、そちらの方向にはホモ・サピエンス的に曲げることができません。

そんな姿を他人事のように余裕の笑みを浮かべて見ていた妻にも息子から怒りの指導が入る。そして、踏み切り役に変わった息子と手首を曲げてはいけない角度へ曲げたわたしのあいだを「ガタンゴトーン、ガタンゴトーン」と全速力で走らされる。

そのたびに息子は「なんかちばう!」と叫び、パニックに陥った妻は何度も往復しながら「え、これ、わたしが電車ってことだよね?」と確認する。それ以外になにがあると言うのだ。

そんな激務な一日も息子のご入眠によって唐突に終わりを迎える。今夜の寝かしつけ役を担当したわたしが寝室を出ると、妻がいるはずのリビングの電気が消えている。さすがに疲れ果てて寝てしまったのだろうか。ただ、よく見ると黄緑色のライトがうっすら浮かび、かすかな重低音に合わせてカラフルなライトがまわっている。

いったい、なにごとだろう。そう首を傾げながらリビングのドアを開けると、暗闇の片隅にディズニーランドで買ったマイク・ワゾウスキのライトが置かれている。そして、これまたディズニーランドで買ったミッキーマウスがぐるぐると赤緑青に光るライトを振りながら、妻がなにかを発散するように踊っている。テレビ画面からひっそりと流れるYouTubeのダンスミュージックにあわせて。わたしは「なにしてるの」とたずねる。妻は得意げに答える。「ひとりクラブ」。

なんかちばう。

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