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<note先行公開> 経営者を育てるアドラーの教え(岩井俊憲・著)

日本では当時ほとんど知られていなかったアドラー心理学と出逢って35年――。船井総研の船井幸雄氏から「勇気づけの本物の伝道師」として称賛されるなど、アドラー心理学を日本に広めた第一人者として、経営者層からの支持も厚いヒューマン・ギルド社長の岩井俊憲氏。18万人以上にアドラー心理学の研修・カウンセリングを行ってきた岩井氏による、初めての経営者向けアドラー心理学の書籍が2月下旬、弊社より刊行されます。タイトルは『経営者を育てるアドラーの教え』。note読者の皆さまに、本文の一部をひと足早くお届けします。

経営者にこそアドラー心理学が必要な三つの理由


私は35歳で会社を退職したあとアドラー心理学を学び始めましたが、学ぶほどに「経営者にこそアドラー心理学が必要だ」という思いに到りました。なぜアドラー心理学が経営に役立つのでしょうか。

それには大きく三つの理由があります。  

第一の理由は、会社にはさまざまな個性を持つ人間が参加しているということです。

会社を成長させるために、経営者はそうした人間の能力を正しく評価し、引き出していかなくてはいけません。そのためには「人間をどう見るか」という人間観が絶対に欠かせません。人間を肯定的に見るか否定的に見るかによって、その人の見え方は全く違ってきます。

アドラー心理学では人間を肯定的に見ることを教えます。そして、そういう人間観に基づいて見れば、人間には無限の可能性があるのです。経営者がそうした人間観を持つことが会社を成長させるもとになると私は思っています。

 第二の理由は、アドラー心理学は、過去の原因は問わず、未来に向けて何ができるかを模索するものだということです。

この考え方は会社の目的・目標を見るということにつながり、非常に未来志向です。過去の失敗を反省することはもちろん大切ですが、原因追及ばかりでは成長できません。これは人も会社も同じです。過去の反省を踏まえ、未来に向けて何ができるかを考える。それが社員のモチベーションを高め、会社を前進させる力になります。その点で、未来志向のアドラー心理学は経営に適していると言えるのです。 

第三の理由は、アドラー心理学のベースにある「勇気づけ」という考え方が組織を元気にするということです。

実際に、アドラー心理学を学んだ経営者が非常に生き生きとして元気になるという例をたくさん見ています。経営に自信が持てるようになると同時に、人間の可能性を信じることによって「自分だけがひたすら頑張らなくても自分のチームの中に優れた人材がいる」ことに気づくようになります。この経営者の気づきが社内全体を活気づけることにつながります。社内コミュニケーションがよくなり、モチベーションが上がります。

社員が「社長は変わった」と思うようになると、経営者のビジョンも浸透しやすくなるのです。 日本人はネガティブ探しが得意です。あそこが悪い、ここが悪い、親が悪い、周囲が悪いと欠点ばかり探しています。でも、意外に見落としているのは自分自身の可能性です。

自分自身を見つめて自分の中にあるリソース(資源)・可能性を探してみると、意外にもたくさん見つかります。「自分は大したことない」と思っている人でも、自分で自分を振り返り、周囲の人に自分のいいところを言ってもらうなどして、それを自分自身にフィードバックすると、いろいろな可能性が見つかってきます。

その結果、「そうか、自分にはこういういい面があるんだな」「今までの生き方は間違っていなかったな」と、自分を肯定的に見ることができるようになるのです。それが自信となって、可能性が開花していくのです。  

ネガティブな面にばかり目を向けていると、そうした可能性を発揮できません。また、それを相手のニーズと結びつけることもできません。これは非常にもったいない話です。先に言ったようにアドラー心理学は人間を肯定的に見ようとしますから、一人ひとりの可能性を引き出すために非常に効果的なのです。  

ただし、アドラー心理学が過去の原因を問わないと言っているのは、人間の行動についてです。経営手法について問題が生じれば、それは原因を探して是正する必要があります。もっとも原因探しするといくらでも出てきますし、どうでもいいような夾雑物も混じります。そういう点では、失敗の原因追及ばかり行うのは無意味ですし、とりわけ人間の行動に関してそれをやることは望ましくないのです。 

 どちらが勝つ? 全力を出した四人組と手抜きした八人組の綱引き


リンゲルマンというフランスの農学者がやった「綱引き実験」というものがあります。

一対一で全力を出して綱引きをしたときの力の単位を一〇〇としたとき、各々がもう一人ずつ連れてきて二人対二人で綱引きをやると、一人当たりの発揮できるパワーは一〇〇から上がるか下がるか。三人一組で綱引きをやるとどうなのか。もう少し人数を増やして八対八だとどうなるかということを実験したのです。  

リンゲルマンの実験では、二人一組のときにそれぞれが発揮する力は一対一のときの九三%になりました。つまり、七%の手抜きをしていることがわかりました。これが三人一組になると一五%の手抜き、八人一組の場合はなんと五一%の手抜きが見られるという結果が出ました。

このデータにしたがえば、全力を出す四人と手抜きをする八人で綱引きをすると、全力を出す四人のほうが勝つことになります。これは「社会的手抜きの実験」と呼ばれるものです。  

ここで言えることは、よく営業軍団がやるように「一丸となって事に当たろう」というのは確かに勇ましいけれども、実は手抜きを誘発しているということです。私は営業系の研修をして営業部員の本音を聴いていますが、ハチマキをして営業部長の前で盛り上がって「出陣!」と言って威勢よく会社を出るけれど、向かうのは客先でなくて大体、喫茶店なのです。

要は、同じ立場の仲間がいると責任が分散し、自分がやらなくてもあいつがやるだろうと考えて、手抜きを誘発することになるのです。だから大事なのは、各自に責任を割り当てることです。  

チームのメンバーにはそれぞれ個性があります。アドラー心理学では、一人ひとりがユニークだと考えます。ユニークというのは、「かけがえがない」「取り換え不能」ということです。ところが、そのことに気づかない上司が多いのです。

気づいていれば、同じ軍団であっても「君には主にこういうことをやってほしい」「あなたにはこういうことを期待する」と、それぞれに役割を与えることができるはずです。それは人それぞれの違いを活かすということです。 それをうまく活かしたのが桃太郎です。桃太郎は犬だけ連れて鬼ヶ島に行ったわけではありません。まず、おばあさんのつくったキビ団子を持っていきました。

これは勇気のシンボルであり、また戦うときの食糧です。桃太郎の仲間となった雉は、鬼ヶ島を上空から視察して敵の配備がどうなっているかを見て帰ってきました。そして、敵の情報を猿に知らせて相談しました。だから雉は情報のシンボルです。そして猿は参謀で、智慧のシンボルです。この雉の情報、猿の智慧を得た桃太郎は、犬とともに突撃して鬼退治を果たすのです。  

この桃太郎の話のように、会社の中でも一人ひとりがそれぞれ違った領域で優れた技量を持っているはずです。だから、経営者は各人がどういう技量を持っているのかをしっかり把握することが大事なのです。チーム内にいる優れた人を活かすとはこういうことです。それが適材適所につながるのです。 とかく従来の組織は「みんなで一致団結して頑張ろう」という気合系が幅を利かせていました。

しかし、それが隠れ蓑になって右へ行ったり左へ行ったりするだけで、責任もあいまいなままでした。これからの時代、これでは生き残れません。成果を生む協力をするために何が必要かというと、それぞれの違いを認めることなのです。

そして、違いを認めるとは、各人のユニークさを大切にするということです。 ところが多くの経営者は、自分より優れた社員がいてもなかなか認めたがらない。自分にないものを持っていると嫉妬して、能力を引き出すのではなく、叩き潰そうとします。

「どちらかが、相手を裏切りそうだという固定した考えを持っていれば、幸福になることはできない」(『個人心理学講義』)とアドラーは言っていますが、経営者が社員の優れた能力を潰そうとする姿勢を見せると、立場が下の社員は服従するしかないのです。

そして、力を発揮しないまま働き続けることになります。 そのときに経営者が能力を認めて突き抜けさせてやれば本人は成長するし、会社にとってもいいことなのに、それをやろうとしないのです。これではなかなか経営はうまくいきません。

共感とは、相手の目で見、相手の耳で聴き、相手の心で感じること


私はよく物事を反意語でとらえて考えてみます。共感の反意語は何か。それは独善だと思います。これは私の見方ですが、独善というのは、自分の目で見、自分の心で聴き、自分の心でしか感じないということです。すべて自分本位で、「相手の立場なら」という見方はしない自分中心主義です。  

こうした独善は、経営者の最も陥りやすい罠です。独善的な経営者は相手に対する共感が不足していますから、従業員に対しても「あいつら」とか「あの男は」という言い方を平気でします。これは尊敬・信頼の立場から見ても独善的な言い方です。 

アドラーは言います。「われわれは見ること、聞くこと、話すことにおいて他者と結びついている。人は外界に関心を持ち、他者と結びついている時にだけ、正しく見、聞き、話すのである」(『生きる意味を求めて』)と。

相手の立場に自分の身を置いて、相手の目で見て、相手の耳で聴き、相手の心で感じるというのは、良き人間関係の基本です。  たとえば、お客様の目で見、お客様の耳で聴き、お客様の心で感じることができれば、売れない理由がわかります。「そうか、わが社のサービスはどうも自分本位なんだな。自分たちが売りたいと思うものを商品化して出しているけれども、お客様の立場から見ると買いたい商品になっていないんだな」といったことが見えてきます。

ウォルター・ベラン・ウルフというアドラーのお弟子さんの書いた『どうしたら幸福になれるか』という本があります。私はこの本に大学時代に出合って、もう二十回以上は読んでいます。この中に、共感能力の違いについて理解させるための逸話があります。『町の愚か者と迷子のロバ』の物語です。 

 ロシアのある小さな町の自慢は、たった一匹のロバだった。そのロバがどういうわけか突然にいなくなってしまったので、町中が大騒ぎになった。町の長老たちの秘密の会議が招集され、三日三晩、長老たちはその席でロバがいなくなった理論上の動機と原因は何か、どうすればロバを見つけられるかをまじめくさって話し合った。

重々しい空気の会議の最中、誰かがドアをノックする音が聞こえた。町の愚か者が入ってきて、迷子になったロバを見つけたと言うのである。長老たちが集まって知恵を絞ってもだめだったのに、どうやってロバを見つけることができたのか、と愚か者に尋ねると彼は答えた。 

「ロバがいなくなったと聞いて、私はロバに小屋に行き、ロバと同じように壁に向かって立ってみました。そしてロバになったつもりで、私だったら小屋を抜け出してどこへ行くだろうか、と考えてみたのです。それからその場所に行き、ロバを見つけました」 

この話の大事なポイントは二つあります。

一つ目は、長老たちは誰一人としてロバが逃げた現場であるロバ小屋に行かなかったということです。

それから二つ目は、長老たちはロバの立場ではなくて人間の立場で会議をしたということです。 長老たちは町のエリートのつもりなのです。だから、逃げたのはロバなのに、人間の目で見、人間の耳で聴き、人間の心で感じようとしました。彼らは共感能力のない人なのです。ところが、「ロバを見つけました」と言って入ってきた町の愚か者は、最初にロバが逃げた小屋に行きました。そして、ロバの身になって考えました。

彼は、ロバの目で見、ロバの耳で聴き、ロバの心で感じようとしたわけです。だから、見つけることができた。彼は町の愚か者のレッテルを貼られていましたが、共感能力のある人だったのです。

相手の目で見て、相手の耳で聴き、相手の心で感じるとは、こういうことです。  

経営者は問題が起きたときに司令塔となって指示を出さなくてはいけません。そこで必要なことは、現場、現実、現品の三つです。三現主義といわれますが、これがあらゆる説得力の基本になります。

しかし、政治でも経営でも今の日本のリーダーには現場意識が希薄なようです。特にMBAなどで経営の勉強をし尽くした人は、現場を知らないまま自分なりの判断で机上の空論を述べる傾向が強くあります。こうした人は共感能力がないといえます。 

共感というのは、相手の目で見、相手の耳で聴き、相手の心で感じるということ。これは他者の目であり、現実・現場の感覚であり、より大きな視点なのです。私はこれをメタ認知と言っています。あるいは、セルフモニタリングシステムと言います。

つまり、より大きな場所から俯瞰する目、鳥の目です。そんな目で見ることを忘れて、重箱の隅をつつくように虫の目で見るのが得意な人がたくさんいます。しかし、より広い視点が疎かになると、組織は非常に危ないのです。




【こんな内容が掲載されています】
・経営者にこそアドラー心理学が必要な3つの理由
・アドラー心理学を用いた叱り方の2つのポイント
・失敗をした人には必ず敗者復活のチャンスを与える
・信用と信頼はどこが違うのか
・経営者は耳学問の大家になれ
・スタッフが牛耳り始めた会社はおかしくなる
・期待にはハシゴをかけろ
・共感とは、相手の目で見、相手の耳で聴き、相手の心で感じること
・相手を効果的に説得する5つのポイント
・イノベーションの一番の抵抗勢力になるのは、社長自身?
・社員の姿勢が変革のモデルにならなくてはいけない
・困ったときは10のアイデアを出せ
・ネガティブなフィードバックを歓迎する上司は必ず成長する
・感謝の見逃し三振はしてはいけない
・国も会社も人も、あらゆるものはミッションから始まる
・経営者の意識と行動が変われば、会社は変わる