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15年前のあの日

 早朝始まった陣痛。夫に付き添われ、タクシーを呼んで産婦人科に入院した。慌てて入院したもののそこは初産婦、お産はなかなか進まない。隣の陣痛室では唸り声と怒鳴り声が交錯しており、付き添いのパートナーの方が怒られている様子だったが、その声も気づけば聞こえなくなった。隣人のご無事の出産を祈りつつ、羨ましいような気分でもあった。

 我が夫は午前中一旦帰宅して休憩してもらい、昼過ぎに戦線復帰。その後も遅々とした経過を辿り、分娩室に移動したのは夕方のことだった。

 分娩室に入ってからも『順調にスポン』とはいかず、難産とは言えないまでも、助産師さんや産科医さんがそれなりに苦労している雰囲気がほんのり伝わってくる。同業なのでなんとなくそのあたりの空気感は分かるのだ。

「鉗子持ってきて」という声が聞こえてきて、ああなかなか出てこないから引っ張るんだなと思った後で「あー、やっぱり吸引するわ」と続き、おお吸引分娩になるのか大変そうだな、などと、苦しんでいるにも関わらず妙に冷静な感想を抱いている自分がいた。

 吸引分娩では赤児の頭に大きな吸盤をペタリと貼り付け、陰圧をかけて引っ張る。私の陣痛に合わせ、ブオオオオン!というバキューム音がして、痛みはより大きな波になる。

と、その時

吸盤の一部が浮いたのか
『きゅううううううん!!!』
と隙間から空気が漏れる甲高い音がした。

すると夫が私の手を強く握り締め、大きな声で言った

「ほら、今、声が聞こえたよ!もう生まれるよ!!」

なんという絶望的なまでの天然。

生まれねえわ!
産声じゃねーわ!!
頼むから笑わせんなや!!!

 陣痛で無茶苦茶苦しくて息も絶え絶えじゃなければ爆笑していたと思うし、助産師さんと産科医はマスクの下で全力で笑いを噛み殺していたはず。

 8月21日が来るたびに思い出す、そんな15年前の光景。

長男、誕生日おめでとう。

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