母の携帯

父に頼まれて、auショップに付き添った。

『亡き母の3G携帯が使えなくなるというお知らせがauから届いたから、機種変更をしにauショップへ行ったが、故人の契約は更新できないため、まずは名義変更が必要。その後で機種変更手続きという流れになると言われた。しかし、小一時間ひたすら多量の説明を聞いてサインをするという流れを、1人で我慢強く終えるのは無理であると話したら、話を聞ける親族の同伴をお願いしますとのこと。申し訳ないが付き合って貰いたい。』

という依頼が父からあったからだ。

契約停止じゃなくて、機種変更がしたいのね?
と念のため確認したが、

「まだこの電話番号を消してしまうのは、なんとなく勿体ない気がするから。ただの拘りのようなものだけれど。」

と返ってきた。翻意を促す理由は私には無い。

入院中の母と、毎日見舞いに行っていた父との病院外でのやり取りは、主にauケータイのショートメールだった。母が亡くなってから父に、ショートメールの内容を保存しておきたいと言われた。携帯電話を預かったとき、初めて2人の往復書簡を私は目にした。

メールの母は父に対して、結構ワガママで、甘えん坊で、可愛いかった。父はそんな母を宥めるように、いつも優しく応答していた。

私が病室に顔を見に行くと、大して時間が経たないうちに
「もう大丈夫よ。いいから早く自分の家族のところに帰りなさい。」
と言っていた母だった。
父にはちゃんと甘えられていたんだな、と知って少しだけホッとした。

衣類やその他諸々、母の所持品を、割とあっさり処分していた父だが、携帯電話は、母と交わした思いを辿る大切なよすがのひとつなのだろう。
言葉を大切にする父らしいな、と思った。

契約の継承と機種変更は、無事に終了した。

「ありがとう。これお礼。」

と言って渡されたのは、日本橋三越で購入したというローストビーフのブロック500グラム。お値段26080円也。

バイト代高過ぎです父上。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?