雨の水曜日とビデオでーた

「水曜に雨が降るとは、なんとも皮肉なことだ...」

…みたいな一文を目にしたのは、たぶん雑誌「ビデオでーた」だったと思う。当時話題作だったデヴィッド・フィンチャー監督のサスペンス映画『セブン』の特集記事の見出しの一つ。映画の登場人物視点かのようなシニカル口調風だけど、小学生だった僕は、「だりゃ〜、アメリカの人だぢが水曜日の“水”に反応すんのはおがしいべっちゃ!」と、心でツッコミを入れた。岩手弁はこんなだったか、定かでは無いが、ちょっと書いてみた。もしかしたら声にも出して親に主張し、己の賢さをアピールしたかもしれない。恥ずかしいことに自分はこういう知識をひけらかしたい性格だった。今…どうだろう、気をつけなくてはいけない。

おそらく父親が買ってきていた「ビデオでーた」を、僕は好き好んでよく眺めていた。中でも1番じっくりと読んでいたのは、これからリリースされるビデオ作品の紹介ページだった。大作や話題作は大きく取り上げられるし、実際に映画館で観ることが出来たものもあった。しかし、雑誌の終盤にまとめて掲載された小さな画像と短い紹介文の添えられた作品群を見ると、実はそんな大作・話題作なんて“映画”というカルチャーの氷山の一角であることを感じさせられ、それがたまらなく面白く、想像を掻き立てられた。
地方の映画館には届かない作品や、劇場未公開作品。得体の知れないアクション、変なタイトルのSF、地味で難しそうな雰囲気の大人っぽいドラマ、おどろおどろしいホラーや、エロエロしいエロや、それらが混ざり合ったような何かや...

実際に観ることは出来ないままでも、タイトルとあらすじを読むだけでウヒョヒョ!と喜んでいた。ちょっと観るには勇気がいるものも多いし、ちょうど良い距離感だったのかもしれない。ただし、渇望は芽生えてはいた。
その渇きを、遂に、存分に、潤しに潤したのは、18歳でひとり暮らしを始めてからだった。近所、と行ってもかなり歩くレンタルビデオ店に通い、片っ端から気になる作品を借りては、ガブガブ、グビグビと映画を観た。

大人になってから、というか、ここ最近で知ったけど、ちょうど僕が「ビデオでーた」にハマっていたあの頃が、レンタルビデオ文化が華開いた時期だったらしい。映画は家のテレビで気軽に楽しめるものになり、そのぶん映画館から足が遠のいてしまう人もいた。だけど、おかげで小規模な作品を世に出すチャンスを得た映画作家達もいた。なんだか、今現在とも似ているような気もする。映画も、音楽も、新しい便利さと気軽さと引き換えに、困る人たちもいる。『アドベンチャー・タイム』曰く「誰かがしてほしいことは、誰かがしてほしくないこと」、全くそうだなと思う。

金が無くて自分で雑誌を買うことがあまり失くなってしまったけど、「ビデオでーた」は、その後、「ビデオ&DVDでーた」になり、「DVDでーた」になり、「DVD &ブルーレイでーた」になり、今は「DVD &動画配信でーた」に変更されたそうだ。実にフレキシブル。メディアの変遷と時の流れとを誌名で感じることが出来る。本屋で見かけたら最新号、買ってみようかしら。

雨の日が続き、ふと思い出した。今日は水曜ではないけれど。

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