遠藤周作 未発表作品 「影に対して_ 母をめぐる物語」
昨年の10月ごろ Eテレで遠藤周作没後20年に発見された未発表作品「影に対して」の特集番組が放映された。
それは遠藤周作氏の私小説で、彼が終生抱いてきた母への想いや父との確執、そして自身の苦悩が綴られたものであった。
番組内で彼の考えである「人生を生きること」と「生活を生きること」について語られた箇所がとても印象に残った。
「人生を生きる」とは自分の目標に向かってストイックに、より高みを目指し努力することであり、「生活を生きる」とは収入を得るための仕事をし、時には趣味を楽しんだり友人や家族と遊ぶという平凡な日常生活を送ることだと言う。
私は番組を見てすぐにこの本を読みたかったが、テレビの影響か何処も売り切れていて最近やっと手に入れることができた。
主人公の勝呂はヴァイオリンに情熱を傾ける「人生」を選んだ母親と平凡が一番と「生活」を重視する父親に育てられた。
やがて両親は離婚するが、母親から勝呂に届いた手紙には次のように綴られていた。
アスハルトの道は安全だから誰だって歩き ます。
危険がないから誰だって歩き ます。
でもうしろを振りかえってみれば、その安全な道には
自分の足あとなんか一つだって残っていやしない。
海の砂浜は歩きにくい。
歩きにくいけれども、うしろをふりかえれば
自分の足あとが一つ一つ残っている。
そんな人生を母さんはえらび ました。
あなたも決してアスハルトの道など歩くような
つまらぬ人生を送らないで下さい。
ここではこれ以上小説の内容について述べるのは控えたいが
「人生」と「生活」、「アスハルトの道」と「砂浜」の例えは、まるで私と夫の考え方の違いのようで、心に迫るものがあった。
結婚して何十年、平凡と安定第一の夫にずっと抗い続けてきたが、歳を取り一層穏やかな生活を望む夫の為に、私は専業主婦として「生活」を選ぶしかなくなってしまった。
絵に専念することは勿論、続けたかった画廊も夫の定年で泣く泣く閉めざるを得なかった。
小説家を目指す遠藤氏に彼の父は「趣味なら良いが···」と諭すくだりがあるが私も同じことを叔父から、そして結婚すれば夫からも言われた。
しかし私の周りには絵を描くために離婚した知人が少なからずいるのだ。
まさに彼女達は人生を生きて砂浜を歩くことを選んだのである。
イラスト ❨アクリル❩
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