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コラム:アジャイル開発のアプローチによる臨床試験(特に治験)における課題解決の可能性を考える③

前回のあらすじ:
治験プロジェクトにおける「組み入れ基準」の問題とその複雑さにより、被験者の組み入れに至らないケースが多々発生する。それは、主として治験プロジェクトが遅延する要因である。
①     「組み入れ基準」に合致する患者の不足:
特に希少疾患の場合、設定された基準に合う患者が実際には存在しないことが多い。
②     医療スタッフの負担:
患者を探す作業は、医療機関にとって大きな手間となる。例えば、アルツハイマー病患者を対象とした試験では、複雑な選択基準により適切な患者を見つけることが困難であるだろう。
③     患者の参加困難:
多くの治験では定期的な診察が必要であり、患者にとっては時間的・物理的な負担が大きい。
④     問題点の特定の難しさ:
大規模な治験プロジェクトでは、問題点を正確に把握することが非常に難しい。情報の伝達が複雑で、階層構造が問題の特定を困難にする。
⑤     軌道修正の手間:
プロジェクトの方針転換は非常に手間がかかり、治験実施計画書の改定や倫理審査の通過、医療機関の追加など、膨大な労力が必要である。
さらに、大規模な治験プロジェクトでは通常、「フィージビリティ調査」が行われるものの、この調査にもかかわらず上記の問題を解決することは困難である。

前回、「組み入れ基準」の問題とその複雑さにより治験プロジェクトが遅延するということに触れたが、実際なぜそのようなことが起こってしまうのか?
事前調査・フィージビリティ調査が正しく行われていれば、少なくとも「①「組み入れ基準」に合致する患者の不足」や「③患者の参加困難」は発生しないはずでは?それに、フィージビリティ調査で問題点が把握されていれば、「④問題点の特定の難しさ」や「⑤軌道修正の手間」についても事前にカバーできるはずだ。(まあ、「②医療スタッフの負担」については事前に予測しきるのは難しいのはわかるんだけど…)

端的な答えとしては、「フィージビリティ調査という「仮説検証プロセス」がうまくいっていないため」である…。大変に驚くべきことだが、製薬会社やそれを取り巻くステークホルダーの皆さんは、「新薬に効果がある」という仮説を検証(※1)するのは超超一流であるにもかかわらず、「治験プロジェクトを計画通り遂行できる」という仮説を検証するのはド下手なのである…。

※1)とても正確性に欠ける表現なので、良ければ
薬の効果を調べる (stat.go.jp)をご覧いただけると大変幸いである。

https://www.stat.go.jp/naruhodo/15_episode/toukeigaku/kusuri.html

なぜ、フィージビリティ調査はうまくいかない(=治験プロジェクトが計画通り遂行できるかどうかを検証できない)のか?その問題点は下記の資料に詳しい。

効率的なFeasibility調査方法の検討に関する報告書 | 医薬品評価委員会の成果物 一覧 | 日本製薬工業協会 (jpma.or.jp)

https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/feasibility.html

「表 3-15 治験実施計画書作成のための調査の主な問題点と関連するアンケート結果と考察」に問題点がまとまっている。
要約すると、ポイントは概ね以下の通りとなる。

①     標準的な調査方法の欠如: 調査の手順や方法についてのノウハウが蓄積されておらず、担当者の経験に頼っている状況がある。

②     KOL(※2)以外への調査の遅れ: KOLに対する調査と比較して、医師以外を対象とした調査は遅れており、特に「検査・観察手順」や「来院スケジュール」などの項目で調査が不足している。

③     KOLだけに頼る調査の不十分さ: KOLに適切な資料を提示して調査を行っても問題事例が起こることがあり、治験の実行可能性を調査する対象としてKOLが適切かどうか再検討する余地がある。

④     過去の経験に基づく調査の不実施: 環境の変化や過去の治験・他社の経験を過信して問題が生じる可能性を見逃している。

⑤     限られた調査期間による問題: 十分な調査が行われず、限られた調査期間で無駄なく結果を得るための手順が確立されていない。

⑥     調査での回答の信頼性問題: 得られた情報の根拠や信頼性を確認する調査の手順が確立されておらず、適切な調査対象が選定されていないことが問題となっている。

⑦     振り返りの欠如: 良い事例や悪い事例の経験が蓄積されず、同じ問題を繰り返している。振り返りを行い改善する試みが少ない現状がある。

※2)KOL(Key Opinion Leader):医療業界におけるKOLは、通常、経験豊富な医師や研究者であり、その意見や見解が同分野の他の専門家や医療従事者に影響を与えるような方々を指す。

と、報告書ではこのようなポイントが挙げられているが…現場視点からは2点大きな問題を取り上げたい。正直なところ、現場の方々ならよく理解している常識的でもある。

★ぶっちゃけ症例組み入れが見込めなくても、製薬企業としては、KOLには治験を依頼するほかない。人間関係ってものがある。医師としては「この医薬品開発に多大な貢献をした」という実績が欲しいし、そのためには医薬品の開発=治験に携わっていたという実績が必要である。たとえ症例組み入れが見込めなくとも、その医師がめちゃくちゃなデータをとてくるとしても、医薬品マーケティングまで見込んだ関係性を構築するためには、製薬会社はKOLに(KOLのいる医療機関に)治験を頼むしかないのである。

★医療機関(の営業担当者)は治験を受託するために、フィージビリティ調査の評価を高く見積もりがちである。(ここはSMOという業種も絡むところである。)なんせ医療機関(SMO)の営業担当としては、治験プロジェクトを受託することで売り上げ目標を達成したい。フィージビリティ調査は、おおむね「医療機関へのアンケート」という形で行われる。アンケートで「症例はおりません泣」なんて馬鹿正直に書いてしまうと、そこで営業活動終了である。まあ、アンケートに答えるのが営業担当者ってことは無いにしても、その組織内でまあ色々と忖度と色付けが行われるなんて想像に難くはない。営業部門が自社のキャパシティ以上のプロジェクトを受託してしまう、なんてどこでもありがちなエピソードである。治験業界だって例外じゃあない。

そして…身も蓋もないが、そもそもフィージビリティ調査って正確に行えるの?って根本的な疑問は常にある。
まずは時間的な都合。医薬品開発は特許の兼ね合いもあり、まさに一日でも早く承認を得なければならない。一日の開発遅れが数億円あるいはそれ以上もの損失を生む可能性がある世界である。まあ、事前調査をないがしろにして本番が遅れたら元も子も無いんだけど笑。それでも検証(=治験プロジェクト)の検証(=フィージビリティ調査)に十分な時間は使え無ぇ…。

そして、治験はプロダクト開発と異なり、ちょっと試作品を作ってみるなんてことはできない。どうしたって事前に、正確に、調査を行っておくなんて限界がある。本チャンで多々問題が発生してしまうなんてどこにでもあり得ることだろう。

今回の結論としては、「治験では、フィージビリティ調査をより正確・効率的に行うこと自体が難しい」というところである。
じゃあ本番を走りながら軌道修正をうまく行うことができれば一番じゃね?
ってところでアジャイル開発の考え方を応用できるのではないかと考えるのが次回である。

次回に続く・・・


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