📚桜草の下の本は、そのままに。【短編】
一冊の本を埋める。
「あれ?ここにあった本、どこにやったの?」
コウちゃんは背伸びをしながら、ゆっくり顔をむけた。
古ぼけた薄いガラスに反射した光と、新緑の瑞々しい葉っぱが作る影の間にウールのブランケットを敷いて、昼寝をしていた。
朝までは、黄色くペイントされたテーブルの上にあったのに。
マルコは、コウちゃんが背伸びした右手を掴んで、ぷるぷると軽く振った。
「あぁ、ピタゴラスイッチだっ!!」
コウちゃんは、小さく叫んだ。
黄色のテーブルの上には、小さく積まれたマッチ箱と、教科書の本たちが互い違いに置いてあり、凧糸でつないだ仕掛けがしてあった。
ダンボールをつぶして作られたレールの向こうには、キラキラとルビー色に光るビー玉が待っている。
「マルコがつくったの?」
「そう。ねぇ、ねぇ、コウちゃん、ビー玉、
押していいよ」
マルコはコウちゃんの右手を仕掛けのスタート地点にいざなった。
コウちゃんは一瞬、戸惑ったが、そっとルビー色を人差し指で転がした。
ダンボールのレールをクルクルと曲がって、パタパタと本やマッチ箱がドミノ倒しに重なっていく。
ほんの数秒のことだった。
「うわー、マルコちゃん、ありがとう」
涙の筋がコウちゃんの顔に付いていた。
「本は、これ」
とマルコは、コウちゃんに渡した。
裏面には、コウちゃんの名前。
テーブルに置かれた本は、コウちゃんの名前を
黒マジックで消してあった。
イタズラ書きされた本は、桜草のプランターの
下に埋まっている。
マルコは来月、転校することが決まっていた。
それを、ちゃんと話さなければいけない。
きゅっ、っと口をすぼめて、マルコはコウちゃんの涙のすじを親指で拭いて、笑顔を見せた。
〜おしまい〜
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